2022.03.07

「マンガ王国」日本に迫る「韓国産マンガ表現」の熱風…『俺レベ』制作会社日本支社長が語る日韓マンガ最新事情

飯田 一史 プロフィール

日本マンガ界をめざさない韓国人作家が増えた背景

H 『黒神』は韓国人作家が描いたマンガとしては、日本でTVアニメ化された初めての作品でもありました(2009年放映)。

 『黒神』の成功のおかげで、「韓国の作家は描けるのか? 梁さんが例外的に神作画なんじゃないのか」という日本のマンガ業界にあった疑問が完全に払拭された。そのあとも僕は編集者として『死がふたりを分かつまで』(作・たかしげ宙、画・DOUBLE-S)や『FRONT MISSION DOG LIFE & DOG STYLE』(作・太田垣康男、画・C.H.LINE)などをヒットさせることができ、「ヤングガンガン」では韓国人作家のマンガが柱のひとつと言っていいほどになりました。

僕が自負しているのは、韓国人作家を継続的に長期間にわたってデビューさせ、ヒットを生み出したのは「ヤングガンガン」だけだ、ということです。なぜかと言えば、日本と韓国のマンガのシステム、そして作家の両方を理解し、現場で調整役になった人間が僕以外にはほとんどいなかったからです。他社はそういう人を雇う意思もなかった。でもスクエニさんは僕を信用して10年間も雇ってくれた。

「ヤングガンガン」時代に得られた経験や作家とのつながりが、今も活きています。スクエニさんにはものすごく感謝しています。

 

――その後、2014年にcomicoに移り、初めてウェブトゥーンを手がけるわけですよね。転職した理由は?

 2010年頃になると、日本に来ようとする韓国の作家が減ってきました。なぜなんだろうと思っていたら、ウェブトゥーンの盛り上がりがあるとわかってきた。

と同時に、僕は日本マンガ演出に様々な問題意識を持ち始めてもいたんですね。日本のマンガは長い時間をかけてコマ割りや視線誘導の技術を蓄積してきた。それを日本人は当たり前のものとして受け入れているけれども、実は外国人にその読み方を教えるのは非常に骨が折れる。描くとなるともっと大変で、だから外国人で日本式マンガを描く作家は少ない。これでいいのか、と。

講談社の由利さんと並んで僕のもうひとりの大師匠である宮台さんは「文化ジャンルも進化の極地までいくとそこからは退化が始まり、変化に対応できずにいつか淘汰される」と常々語っていました。僕には「日本のマンガは進化の袋小路にあるのではないか」というモヤモヤがあった。

それで恩人であるHさんがスクウェア・エニックスの中で出版部門を離れてまもなく、2013年に日本初のフルカラー縦スクロールのマンガアプリとして始まったcomicoに翌14年に転職しました。新しいチャレンジをしてみよう、と。……そこで日本式のマンガとウェブトゥーンとの違いに大ショックを受けたことが、エル・セブンでの作品づくりにつながっています。

<【後編】なぜいま「韓国のマンガ」が日本で人気なのか…日韓マンガ業界の第一人者が語るウェブトゥーンへの誤解と最新事情>に続きます。

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