2022.03.07

「マンガ王国」日本に迫る「韓国産マンガ表現」の熱風…『俺レベ』制作会社日本支社長が語る日韓マンガ最新事情

飯田 一史 プロフィール

宮台真司のもとで修論を書き、『ほしのこえ』プロデューサーとともにスクエニへ

――スクウェア・エニックスで編集者になった経緯は?

 今話したことと並行しての動きになりますが、日本語の先生に「マンガ関係で日本の大学院で勉強したい」と言ったら「大衆文化に詳しい宮台真司さんという人がいますよ」と教えてもらったんです。それで2003年に東京都立大学に大学院生として入学し、日韓のマンガシステムの比較を研究対象として取り組むことになり、博士後期課程を単位取得満期退学するまで7年間、宮台さんのもとで学びました。

脱線になりますが簡単に修士論文の内容を話すと、日韓の編集者約30人に取材してわかったのが、日本も韓国もひとつの雑誌に掲載されている作品数は同じ20いくつなのに、韓国はひとつの雑誌に編集長以外には編集者が2人。ところが日本でもっとも編集者が多い「少年マガジン」編集部には50人以上。

では日本の編集者はいったい何をやっているのか。この人たちは、実はたんに作品を作って届ける手伝いをしているのではなくて、作家や読者にマンガに関するさまざまなスキーム、システムを提供して、読み方や描き方を伝えている。新人作家を育て、読者を育てている。その仲介やプロデュース機能こそが韓国にはない、日本のマンガ産業のゆたかさを形成している、という内容でした。

 

――おもしろいですね。

 それで、あるとき宮台さんと親しい批評家の東浩紀さんから「韓国に行きたい」と言われ、韓国オタク業界の重鎮、編集者、政府機関の方などにコーディネートすることになりました。日本側も精神科医の斎藤環さんやSF評論家の小谷真理さん、マンガ評論家の藤本由香里さんなど大規模になっていったなかに、新海誠監督の『ほしのこえ』で製作プロデューサーを務めたHさんもいた。

H 僕は新卒で旧エニックスに入社し、『最遊記』を立ち上げたり、マンガ編集者として経験を積んだあと退職。当時のマンガズー・ドット・コム、現在のコミックス・ウェーブ・フィルムで『彼女と彼女の猫』のCD-ROMを再販したり、『ほしのこえ』を作るお手伝いをしたりしていました。『ほしのこえ』公開の1年後、2003年3月、次作『雲のむこう、約束の場所』の本格的な製作が始まったころに新海さんのもとを離れました。イさんと出会ったのはちょうどその前後。旧スクウェアと合併していた古巣に戻り、再びマンガの仕事をしようかなと思っていた時期だったんです。

6月20日から23日にかけて行われた東さんの『波状言論』韓国ツアーの際に、ソウルの弘大(ホンデ)のマンガ書店に連れて行ってもらったら、すごい絵のマンガがいっぱい並んでいて、僕は狂喜したわけです。特に気に入った絵柄のコミックスを片手に「イさん、もしこの作家さんを知っていたら紹介してください!」と言ったら「ああ、僕と軍隊でいっしょだった人ですよ」と。それが『黒神』で作画を手がけることになる朴晟佑(パク・ソンウ)さんだった。

 朴さんは韓国の同人シーンではすでに名の知られた作家でした。

H 当時、スクエニは『少年ガンガン』を卒業した既存読者層に向けて、少年誌の先に青年誌を立ち上げようとしていて、劇画的なもの、セクシャルなものを描ける作家が必要でした。僕はホンデの書店で大量の韓国マンガを見て「これだ!」と、イさんにすがった。僕がマンガ編集者として古巣に出戻りできたのはイさんのおかげですよ。

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