2022.03.07

「マンガ王国」日本に迫る「韓国産マンガ表現」の熱風…『俺レベ』制作会社日本支社長が語る日韓マンガ最新事情

飯田 一史 プロフィール

日本でもマンガの原作を手掛けるように

 日本語の勉強をしながら日本でたくさんの作家さんや編集者のインタビューを始め、韓国の雑誌に寄稿するようになります。『ああっ女神さまっ』の藤島康介さんに取材したくて講談社「アフタヌーン」編集部に電話をしたところ「よくわかんないけど、1回来てみろ」と言われてお会いしたのが当時の編集長、由利耕一さんです。

そのころはちょうど「ジャンプ」をはじめとするマンガ雑誌の部数がついに右肩上がり成長が止まり、下落傾向がはっきり見えていた時期でした。だから僕は開口一番「日本のマンガは危機だ、滅びると言われていますけど、どう思いますか?」と聞いたんです。今思えばとんでもない失礼な質問をしたわけですが(苦笑)。話を聞いていくと由利さんが担当した作品は『愛と誠』や手塚治虫の『三つ目がとおる』、ほかにも『AKIRA』や『攻殻機動隊』の名前が出てきて、冷や汗をかきました。

ただ、由利さんにはそれ以来なにかと気にかけていただき、僕が大学院に合格したときには祝いの酒をおごってくださった。そのとき新宿のバーにいっしょにいた「ヤングマガジン」の編集者が、僕が原作を手がけてユ・イジョンさんが作画をした『軍バリ!』というマンガの担当になります。

 

――イさんの日本での原作者デビュー作ですね。

 僕は韓国のマンガ家のコーディネートもやっていて、ちばてつや賞を獲ったイ・ユジョンさんという先輩の手伝いや翻訳をしていたんですが、彼に韓国の徴兵制を扱ったマンガを提案したら「ヤンマガ」で企画が通った。ただ彼は予備役だけで実は軍隊経験が実際にはなかったので、途中から僕がシナリオを書いて原作者として入ったんです。

僕の編集者やマンガ企画者としての師匠は由利さんであり、僕のマンガ人生において講談社の人たちから受けた影響はものすごく大きかった。

――たとえば?

 無数にありますが、ひとつだけ挙げれば、由利さんは日本の編集者として初めて大学の漫研を回って人材を発掘することをした方です。そこから数々の才能が見いだされた。僕は今も「まだ誰も行っていないところに足を運んで人材を見つけないと、新しいものは生まれない」と思ってスタジオを運営していますし、若い才能の発掘・育成のために講座や講演を積極的に手がけています。

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