2022.02.18
# 映画 # ドライブ・マイ・カー

『ドライブ・マイ・カー』が「自分の傷つきに気づきにくい男性」に与えてくれる“大切なヒント”

杉田 俊介 プロフィール

様々な他者たちの力を借りながら、自分の傷を見つめ、傷ついている自分をケアできるようになること。そのためにはゆっくりと、必要な時間をかけて、男性たちは少しずつ変わっていかねばならない。

家福が言う「正しく傷つく」とは、「今や男こそが傷ついている」と主張したり、間違った被害者意識にとらわれたりすることではなかった。自分の傷と弱さを否定せずに受け入れられること、傷つきやすさ/可傷性によっても他人と繋がっていけること、弱さを――ある意味ではカーシェアのように――シェアリングできることが大切だったのである。

新しい男性性や男の生き方を摸索していくためのヒントが『ドライブ・マイ・カー』にはある。

 

男性の「セルフケア」

男性たちにもまたセルフケアや自己への配慮が必要である。近年、そう言われるようになった。男性たちは、自分の心身を蔑ろにしがちな傾向がある。身嗜みや化粧をつねに過剰なほど要求され、重圧を受ける女性たちにくらべて、男性たちは、身体をネグレクトすることを特権的にゆるされてきた、とも言える。心身の傷や痛みに配慮せず、黙ったまま耐えられる、という「無痛」(森岡正博)こそが男らしくカッコイイ。そのような男性性の規範もあった。

しかし、そこにはやはり心身の無理がある。男性たちにとっても身体や精神の日々の手入れや手当て、メンテナンスが大事である。たとえば「男らしい理性」によって「女性的な感情」を抑圧し、管理し、コントロールしなければならない。他人様の前で感情を発露してはいけない。そうした思い込みは危ういものだろう。

社会的なタテマエとして要請され、偽装された「男らしさという鎧」の中に、しばしば、傷付いた心が隠されているのであり、必要な手当てを欠いたままにすれば、男性たちはそうした「男の傷」を周囲の「女」(妻だったり母だったりする)に癒してもらうことを期待し、あるいは無意識のうちに強要してしまうのである。

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