50代で「若年性アルツハイマー」と診断された、元脳外科医の「その後の人生」

人生に絶望する必要なんてない

東大医学部を卒業し、脳外科や国際保健学の第一線で走り続けてきた若井晋さん(享年74)。若年性アルツハイマーと宣告され、もがきながら生きた夫を妻の目線から綴った『東大教授、若年性アルツハイマーになる』が上梓された。

前編記事『50代で「若年性アルツハイマー」になった、脳外科医の妻が見続けた「夫の過酷」』では、病気のきっかけから、アルツハイマーと診断され療養のために沖縄に移住するまでをお伝えした。苦悩の日々のなか、若井さん夫妻のそんな気持ちを一変させる出会いがあった…。

受け入れて、吹っ切れた

同時に、克子さんにとっても看病は苦悩の連続だった。若井夫妻は4人の子どもに恵まれ、晋さんは一家の大黒柱として家族を引っ張ってきた。頑健で聡明で自信に満ち溢れていた晋さんが日に日に衰えていく。だが、どんな状況にあっても克子さんは晋さんに寄り添い続けた。

行き場のない閉塞感に、息が詰まりそうになる日々。そんな折、ふたりに大きな転機が訪れた。

'07年9月、共通の知人から世界的に有名な若年性アルツハイマー患者、クリスティーン・ブライデンさんの講演があると教えてもらったのだ。

オーストラリア政府の高官だったブライデンさんは46歳で若年性アルツハイマーを発症し、絶望の底に追い落とされる。しかし彼女は人生を諦めず、世界各地で自らの病について語る講演会を積極的に開いてきた。彼女の講演会に行けば、なにかが変わるかもしれない。そう直感した克子さんは、晋さんとともに出席を決めた。

若井克子著『東大教授、若年性アルツハイマーになる』
 

「会場は札幌コンベンションセンターでした。講演会には、1700人もの参加者が詰めかけた。彼女は講演会で自分の来し方を熱心に語ってくれました。

そして会の最後、クリスティーンが『この中で認知症患者の人がいたら手を挙げてください』と呼びかけたときでした。主人がまっすぐな眼差しで高々と手を挙げたんです。自分の病気を人に知られまいとしてきた主人からすると、とても信じられないことです。

帰り道、主人は『自然に手が挙がったんだ』と言っていました。主人はずっと病を受け入れられず葛藤してきた。講演がきっかけになって、アルツハイマー患者である自分を認められる気持ちになったのです。それ以来、主人はどこか吹っ切れたような表情をするようになりました」

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