元脳外科医で日本の最高学府の教授でもあったエリート。そんな誰もが羨む経歴を持った男が、まさかの病に冒された。想像さえしていなかった試練に対して、彼は、そして妻はどう立ち向かったのか。
それは徐々に始まった
「主人が若年性アルツハイマーだと診断されたときは、『やっぱりそうだったのか』と落胆しました。振り返ると、予兆は何年も前からあったのです。それでも60歳を前にアルツハイマーと診断された瞬間、これからの生活がどうなっていくのか、不安に苛まれました」
そう語るのは、1月13日に発売された『東大教授、若年性アルツハイマーになる』の著者・若井克子さん(75歳)だ。
東大医学部を卒業し、脳外科や国際保健学の第一線で走り続けてきた夫・晋さん(享年74)。若年性アルツハイマーと宣告され、もがきながら生きた彼の姿を妻の目線から綴ったのがこの本だ。
超がつくほどのエリートだった晋さんが初めて不調を訴えたのは、東大教授を務めていた'01年のことだった。
「『最近、漢字が出てこないんだよ』。ある日、主人がそうこぼしたんです。当時、主人はまだ54歳で、アルツハイマーだとは夢にも思っていませんでした。私も『年を取れば誰だって忘れっぽくなるわよ』と、深刻には受け取らなかった。
ところが、翌年のことです。ドアの開いた書斎で主人が何かを眺めている。脳の断面を撮影したMRIの画像でした。実家のある栃木の「とちぎメディカルセンターとちのき」でMRIを撮り、自分で確認していたのです。主人は『海馬に異常がないのに、どうして……』と呟いていた。
主人は脳外科の医者として現場に立ち続けてきた人でした。医者は自分の専門領域の病にかかることを恐れます。それは、その病気がいかに恐ろしいかを知り尽くしているから。主人は自分の脳に違和感を覚え、恐怖に襲われていたのでしょう」