「自分の人生がお鮨に現れるんです」
「彼はね、よくがんばりましたよ」と金坂氏は言う。
「最初に会ったときはまだ日本語もあやふやでしたが、いまは、たった一人で鮨を握りながら、カウンターのお客さん7人の相手をするわけですから」
鮨屋の板前は、特殊な料理人だ。カウンター越しに客と対峙し、その場で握ったものを提供するだけでなく、時には客の話し相手にもなる。対面の商売はごまかしが効かない。隠れる場所もない。客が席に着いた瞬間から、すべての視線は自分に注がれ、ツケ場は劇場の舞台と化すのである。

「 “さらしの商売”と言いましてね、鮨職人は自分をさらけ出して勝負しなければならないんです。お鮨って不思議なことに、同じシャリと同じネタで握っても、人が違えば味も違う。なぜかと言うと、一貫のお鮨に職人のすべてが出てしまうからなんです。
自分の人生がお鮨にぜんぶ現れる。だから怖い。でも、だから、おもしろい。若い頃は自分がどういうお鮨を握ればいいかもわからないんですが、いつまでも先輩や親方の真似をしていてはダメなんですね。一貫の握りの中に自分の個性を出していかないと、一人前の鮨職人にはなれないんです」(金坂氏)
銀座の鮨店で働けるようにはなったが、もう25歳だ。死ぬ気で働かないと一人前になれないと思った。店が終わっても居残りをして、余ったシャリを必死で握り続けた。中途半端な形で韓国に帰るわけにはいかない。
「まず、シャリと仲良くならないとダメだと思いました。同じサイズで、同じ形にできるか。握ったシャリを、まな板の上に、100個でも200個でも乗せていくんです」
家に帰ると深夜2時を回っていることもザラだったが、鮨のことだけを考え続けた。グループ店の裏方として、仕込みやホールも経験し、ホテルの宴会も任されるようになった。そして、5年が経った頃、金坂氏に呼ばれた。
「仕事が終わってから銀座の本店に来るように言われて。『ネタもあるし、シャリもあるから、ちょっと握ってみろ』と。カウンターには店長クラスの先輩たちがズラッと並んでいて、めちゃくちゃ緊張しましたけど、それまで死ぬほど練習していたので自信はありました」

そこで金坂氏にお墨付きをもらい、その後、「祥太」という職人ネームをもらった。
「漫画の将太君とは漢字が違うんですけど、“祥”は縁起のいい字ですし、ちゃんと専門の先生に画数も調べてもらいました」