漫画『将太の寿司』に感動して来日…韓国人青年が「ミシュラン1つ星」を獲得するまで

ニッポンの食と外国人〈すし編vol.1〉
芹澤 健介 プロフィール

2011年、運命の出会い

高校を卒業した後は地元の調理師専門学校に通い、料理の基本を学んだ。兵役を務めている間も鮨への情熱は衰えず、除隊後はソウルの高級鮨店の門を叩いた。

「やっぱり日本へ行こうと思って。24歳のときに、ワーキングホリデーのビザでとりあえず大阪に向かったんです」

ワーキングホリデーは仕事をしながら海外生活を体験できる制度だ。本当は鮨屋で働きたかったが、日本語ができない外国人を雇ってくれる店はなかった。大阪でダメなら東京でと、場所を変えたが、やはり働ける鮨店は見つからなかった。

おひつからシャリ玉を取る際、ほんの一瞬、目を瞑る。指先に全神経を集中して一貫の鮨を握るその所作は美しい。

「新宿の居酒屋でアルバイトをしましたが、半年くらいでお金が尽きてしまって……。財布にはもう3万円しかない。諦めて帰ろうと思いました」

だが、せっかく韓国から東京に出てきたというのに、自分はまだ本場の鮨を食べていない。「何をやっているんだ」と思った。お土産は買わずに鮨を食べることにした。ネットで調べた銀座の高級鮨店に予約を入れると、カウンターで一人、出された鮨と向き合った。

「いやぁ、おいしかったですねぇ。おいしかった。お酒も飲んだので、すこし気も大きくなって。お店の大将に、つたない日本語で話したんですよ。僕は、本当は鮨職人になりたいのですが、あさって韓国に帰るんですと」

 

偶然の巡り合わせか、何の導きか。ムン青年がなけなしの金で鮨を食べたのは、日本を代表する鮨職人の一人・金坂真次氏が率いる「鮨かねさか」の系列店だった。「鮨かねさか」グループは、「鮨さいとう」の斎藤孝司氏など、数多くの一流の鮨職人を輩出している一門である。

金坂真次氏は、銀座の名店で修業後に28歳の若さで独立。銀座に「鮨かねさか」を構え、ミシュランでは2つ星を獲得。東京を中心に海外にも店舗を構える中、系列店からは多くの鮨職人が巣立っている。(撮影:芹澤健介)

「そうしたら、お店の大将が僕を金坂親方のところに連れていってくれて、その場で面接してもらうことになったんです」

気がついた時には、金坂氏の前で「がんばります」を連呼していた。降って湧いたようなチャンスを逃してはならないと必死に頭を下げた。2011年の秋のことだ。

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