2022年本屋大賞ノミネートで話題沸騰の一穂ミチさん著『スモールワールズ』(講談社)。
第165回直木賞候補をはじめ、第12回山田風太郎賞候補、第43回吉川英治文学新人賞候補、第9回高校生直木賞候補、第74回日本推理作家協会賞短編部門候補。
そして第9回静岡書店大賞受賞、「キノベス!2022」第4位、「ダ・ヴィンチBOOK OF THE YEAR2021」第4位――と、大注目を集めている。
書評家・三宅香帆さんが読み解く、『スモールワールズ』が内包する「現代家族」の歪みとは。

-AD-

不妊治療、亡くなった子の存在、被害者の遺族…

家族の物語でありながら、しんと、個人として立っている人たちの物語。――そんな小説、意外といままでなかったなあ、と思いつつページをめくった。

一穂ミチの短編集『スモールワールズ』は、さまざまな家族をめぐる短編集である。不妊治療、あるいは亡くなった子の存在、あるいは被害者の遺族。小説で描かれるのは、戸籍や同居を中心とする「家族」という関係性だ。しかしページをめくるたび、まるでブラックボックスに手を突っ込むみたいに、次に何が飛び出てくるのかわからない展開が待っている。
本書で描かれる小説の特徴は、どれも家族というテーマを持ちながらも、それでいてきわめて個人の話であるところだ。

たとえば短編「ネオンテトラ」の主人公は、夫が浮気をしているのを知っている、不妊治療中の女性。彼女は偶然、姪の同級生と話すようになる。彼と会うのはもっぱら深夜のコンビニ。ふたりは、お互い「家族」という箱のなかで感じる息苦しさを共有することになる。それはまるで二匹の魚が、束の間自分の水槽から離れて息をするような美しいシーンなのだが、同時に「家族」に対して違和感を覚える読者が読むと、どこか癒されるように思える。家族という水槽に収まることだけが、魚にとっての正義ではないのだと、小説に説かれているような気がしてくる。

Photo by iStock

どの主人公も、個として立っている。そしてそのありかたに、年齢や立場は、決して関係がない。――『スモールワールズ』を読むと、心からそう思う。というかむしろ、家族という枠組みにすんなり収まるほうが変なのではないか? そもそも家族という約束が当たり前に思えるけれど、よく考えてみると実は、かなり奇妙な空間ではないだろうか? そんな問いかけが、小説を読んでいると、頭に浮かんでくる。 

たまに、家族をテーマにした小説がある。そこで描かれる美しき「家族」のあり方は、人間同士が支え合って生きているのが普通の状態だ、と言いたげなことが多い。しかし現実の家族は、支え合うというよりも、縛り合うような関係になってしまうことだって、ある。『スモールワールズ』は、まさにそのような家族のありかたを、掬う。ちゃんと、家族のなかで生きていても、それでも個を失わない人々もいるのだと、スポットライトを当てる。そこで描かれるのは、決して単純に親と和解するとか、夫と関係が良好になるといった、「家族」を肯定するラストではない。そうではなく、家族のなかにいたとしても、人間はちゃんと個であるのだと、個人は個人として存在しているのだと、そう声をかけてくれる物語が詰まっているのだ。

『回転晩餐会』より

家族に違和感がある人も、ない人も、読み終わったとき、もしかすると家族という関係が違って見えるかもしれない。実は私たちが普通とする世界はかなり奇妙な水槽だったのではないか。そう感じてしまうかもしれない。でもその読後感は、ハッピーエンドでなくとも、私たちにとってきっと福音に違いないはずなのだ。

スモールワールズ
ままならない現実を抱えながら生きる人たちの6つの物語。
夫婦円満を装う主婦と、家庭に恵まれない少年。「秘密」を抱えて出戻ってきた姉とふたたび暮らす高校生の弟。初孫の誕生に喜ぶ祖母と娘家族。人知れず手紙を交わしつづける男と女。向き合うことができなかった父と子。大切なことを言えないまま別れてしまった先輩と後輩。誰かの悲しみに寄り添いながら、愛おしい喜怒哀楽を描き尽くす連作集。
一穂ミチ
2007年、「雪よ林檎の香のごとく」(新書館)でデビュー。『イエスかノーか半分か』(新書館)など著作多数。2021年『スモールワールズ』(講談社)が、2022年本屋大賞候補、第165回直木賞候補、第12回山田風太郎賞候補、第43回吉川英治文学新人賞候補となる。近著に『パラソルでパラシュート』(講談社)、『砂嵐に星屑』(幻冬舎)がある。
三宅香帆(みやけ・かほ)
大学院生時代から文筆家・書評家として活躍する。天狼院書店(京都天狼院)元店長。現在は会社員としても働きながら、執筆活動を展開。著書に『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』(笠間書院)、『人生を狂わす名著50』(ライツ社)、『文芸オタクの私が教えるバズる文章教室』(サンクチュアリ出版)などがある。