2022.02.07

今だから言える…大炎上した、石原慎太郎「天災は日本人への天罰だ」発言の真意

盟友・亀井静香の「送る言葉」
週刊現代 プロフィール

石原はしょっちゅう、「北朝鮮のミサイルが日本に一発落ちてくれたらいいと思う」とか、「天災は日本人への天罰だ」というようなことを言っていた。そのたびに世間から猛烈に叩かれたが、要するに「日本は平和ボケしちゃいないか」と問いかけたかったんだ。

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そんな石原を、俺は本気で総理大臣にしようと思ったことがある。'89年、総理の宇野宗佑がスキャンダルでたった2ヵ月で辞めることになった。俺は当時、清和会を離れて自由の身だったこともあり、これは石原を担ぐチャンスだと思った。

相手は竹下派が推す海部俊樹、宮澤派が支持する林義郎。こちらは平沼赳夫や園田博之らと、届け出の締め切り直前まで推薦人集めに奔走した。

結局、総裁選では48票しか取れずに敗北し、俺も石原もしばらく冷や飯食いになったが、楽しかったな。負けた石原が清々しい顔で「亀ちゃんのおかげであれだけの票が取れた」と言ってくれたのは、今でもいい思い出だ。

東京都知事になってから、石原はさらに忙しくなった。だが最後にもう一度、あいつと組んで大博打を打とうと考えた俺は、'12年に「新党を作らないか」と持ちかけた。

石原も乗り気で、都知事を辞めて国政に戻る決心をしたが、最後の最後で袂を分かった。俺は小沢一郎と組むことを提案したが、石原は維新の橋下徹と組むのを選んだ。

結局、橋下との新党はうまくいかず、石原は2年後に政界を去ることになった。あいつを総理にできなかったのは、俺の責任だと思っている。まあ、もし「石原総理」が誕生していても、ヤワな今の日本人には、どのみちついていけなかっただろうけどな。

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