2022.02.08

月経前の不調は我慢するもの…? 仕事や学校に行けないのは「甘え」ですか

知ってほしい、「PMDD」のこと
旦木 瑞穂 プロフィール

田中ひかる氏の『生理用品の社会史』によると、日本の月経禁忌は、平安時代の宮廷祭祀の場において、当時の双方性から、唐伝来の父系制(家父長制)へ転換していくための“女性抑圧のシステムとして”、政治的支配層に利用されたという説が有力となっている。

その後、1872(明治5)年に明治政府が発布した「今より産穢憚り及ばず候事」という法令によって、月経禁忌は公には廃止された。だが、地域によっては1970年代でも月経中の女性を「不浄なもの」として隔離する「月経小屋」が機能していたという記録が残っている。

月経に関する研究の遅れについても、男性中心社会が長期間続き、月経を科学的に解明し、学問の対象とすることさえ「タブー」としてきた宗教的規律や習俗が重んじられてきたためだと考えられる。東京大学医学部付属病院院長を務めた産婦人科医の武谷雄二氏は、『月経のはなし』の中で、「およそわれわれが認識するあらゆる事象のなかで、月経ほど科学的俎上にのせられるのが遅れたものはない」と述べている。それほど月経は人々にとって、神秘的かつ、恐ろしいことだったのだ。

 

月経前の悩みに苦しんだ過去

筆者も千川さん同様、就職してしばらくしてから月経前の不調に悩むようになっていた。だが、周囲に同様な悩みを持つ人を見つけることができず、特に病院にかかることも、薬を飲むこともなく、ただ「そういうもの」だと思い込み、我慢して過ごしてきた。

しかし、仕事やプライベートの些細な悩みが大きくなって押しつぶされそうになるのも、夫と激しい喧嘩になるのも、大抵月経前。それでも35歳で出産し、産休・育休を経て職場復帰すると、2年目に家から出られないほどの体調不良に見舞われた。体が鉛のように重く、「自分はダメだ」という考えが頭を支配。涙が止まらなくなり、どうしても出勤できなくなる。人生で初めて心療内科にかかると、「適応障害」と診断され、退職を決めた。

その後、筆者はフリーのグラフィックデザイナー&ライターとして活動を始めたが、やはり月経前になると不調に見舞われる。仕事ができなくなるほどではなかったが、パフォーマンスが落ち、夫婦喧嘩になるのは決まって月経前だった。

「何とかしたい」と常々考えていたため、2019年夏、「40過ぎているし、更年期障害かもしれない」と思い、婦人科を受診。ホルモンの値を調べてもらったところ、ホルモン量は充分すぎるほどあり、「定期的に月経が来ているので、更年期障害は考えられない」と婦人科医は言う。

月経前に現れる症状をメモして持参したところ、「おそらくPMDDでしょう。40歳を過ぎていると血栓症リスクが高まるためピルが使えず、当院では治療できないので、心療内科へ行ってください」と言われ、表紙に『PMS』と書かれた冊子を渡された。

冊子には「74%の女性が月経前・月経中にカラダやココロの不調『月経随伴症状』を抱えている」とあり、「PMDD」もそのひとつとして解説されていた。筆者は婦人科を出ると、その足で心療内科に予約を入れた。

心療内科では、いくつかの検査を受けた後、PMDDと診断。定期的に通院し、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)を服用し始めて約2年経ち、当時のような重い不調に悩まされることはなくなったため、現在は減薬している。

当時、婦人科医に「当院では治療できない。心療内科へ行ってください」と言われたとき筆者は、「藁にもすがる思いで受診したのに、匙を投げられた!」と感じ、深く絶望した。せめてPMDDを診られる心療内科を紹介してくれていたら、印象は違っていただろう。

また、「適応障害」と診断され、退職を決めたときも、実は「PMDD」だったのかもしれないと思っている。早朝に保育園へ子どもを預け、満員電車に揺られての通勤や仕事の激務が重なり、もともとあった「PMDD」の症状が悪化したのではないかと考えている。

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