信州大学特任教授であり、法学博士・ニューヨーク州弁護士である山口真由さん。東大卒の才女として様々なメディアで活躍するが、Twitterでのつぶやきはコミカルで飾らないものが多い。そんな意外な「素顔」を率直に綴っていただく連載。今回は山口さんと一緒に暮らしている「妹」との関係について。あるとき「姉と妹を代わってもらおう」と山口さんが考えた、そのきっかけになった出来事とは……

姉として常に背伸びをしていた

「今日から、姉と妹、代わってよ」

いつもより強い口調で私は妹に問う。気圧されるように妹が頷く。この瞬間、私は“妹”に、妹は“姉”になった。

私は人生の大半の時間を“姉”として過ごしてきた。私が一人っ子だったのは1歳半のときまで。身重の母を煩わせまいと父の実家に預けられた私は、覗きこめもしないキッチンのシンクに向かって背伸びをし「お手伝い、お手伝い」と口にしていたと、後に祖母から聞いた。

写真はイメージです。Photo by iStock
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祖母が語る微笑ましい光景とは裏腹に、そのときの自分の切実さに私はたじろく。

そう、1歳しか違わないのに姉たらんとするのは私には常に重責だった。いつも必死だった。常に背伸びをしていた。

小学校2年生のときには、放課後に居残りをして逆上がりの練習をした。姉たるもの、無様な姿は見せられないからだ。チマメができるくらいまで反復して、ようやく私の視界がくるりと回転した。姉のメンツを保ったと安堵の吐息を漏らした私の横で、妹は空中逆上がりを5回連続で決めてみせた。

小学校5年生のときには、自宅にマットを敷いて三点倒立の練習をした。姉たるもの、模範とならなければならないからだ。何度も倒れて後頭部を打った。脚にいくつもの擦過傷を負いながら、ようやく額がマットにのめり込むような泥臭い倒立が完成した。姉のメンツを保ったと安堵の吐息を漏らした私の横で、妹は逆立ちをして歩いてみせた。