病院でパニックになることも…

オミクロンの感染が急拡大し、子どもたちにも感染が広がっている。それに伴い、日本でも5~11歳の子どもたちへのワクチン接種が3月以降からスタートする見通しだ。当面は、追加接種や子どもたちへのワクチン接種をどうスムーズに進めるかが課題となっている。その一方で、そもそもワクチンを打ちたくても、医療行為自体が難しい人もいる。たとえば、発達障害や知的障害を持つ人たちだ

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「コロナ禍になる前から、とにかく注射が嫌いで嫌いで、全身全霊で拒否するばかりだった娘。10年以上できなかった注射ができたのは、周囲の人たちの発達障害への理解と、惜しみない協力でした」

こう話すのは、アメリカ・ボストン在住で日英バイリンガル幼稚園の副園長を務める落合典子さんだ。3人の子どものうち、娘の那奈さん(現在32歳)は、子どもの頃に重度の自閉症と診断され、自閉症教育専門機関を卒業後は、専用ケアや支援が受けられるグループホームで暮らしてきた。那奈さん自身もグループホームで仲間もできて、その暮らしを楽しんでいたという。

コロナ前はグループホームで暮らしていた那奈さん。右から2番目が那奈さん。右から4番目が母親の典子さん。写真提供/落合典子

しかし、新型コロナウイルスの影響でグループホームが閉鎖となり、2020年3月から、典子さんらと自宅生活を送っていた。その後2021年になり、全米でワクチン接種が展開されると、那奈さんに「どう接種してもらうか」が、典子さんら家族の最重要課題となった。感染予防が重要なことはもちろんだが、グループホームでの生活を再開させてあげるためにも、どうしてもワクチン接種は必要だった。

「自閉症と診断された那奈の問題行動のひとつが、噛みつきでした。小さい頃、お友達を噛んでしまったことがあって、感染症などがないか調べるために血液検査を受けることになったのです。そこで不安を感じた那奈は、パニック状態となり暴れてしまい、結果として、医療スタッフに押さえつけられ採血することになりました。それがトラウマ体験となって、医療行為のすべてを拒否するようになりました。

特に、注射は嫌、絶対嫌!と全力で拒否。幼い頃はまだなんとかなりましたが、成長するにつれ体も大きくなり、力も強くなって、大人でも静止するのが難しい状況になりました。逃げ回ったり、暴れたり。看護師さんや医師に『もう無理です。ギブアップさせてください』と言われたり、発達障害への理解がなかった時代には『診察室には入れないなら、診療はできない』と言われたりもしました。頼る医師もいなくなって、あまりにも自分が無力で…。主治医と抱き合って泣いたこともありました」(典子さん)

2~3歳の頃の那奈さん。写真提供/落合典子

それでも自閉症教育専門の学校に通っていた頃は、教育者と医療機関との地域連携により予防接種を受けることができた。しかし、卒業後はまた医療行為を受けることが難しくなってしまった。

自閉症の人たちは、とても記憶力がいい人が多いんですね。会話の中で、『車を駐車場(ちゅうしゃじょう)に止めるね』。『カチューシャ(かちゅーしゃ)かわいいね』というふうに、“ちゅうしゃ”という言葉が出てくるだけで、那奈は『もうおしまいにして!』と恐怖の表情を浮かべ、車から出ようとしなくなってしまいます。ドクターという言葉にも反応するので、医師や医療スタッフをドクターではなく名前で呼ぶなど、細かい配慮が必要なのです」

典子さんたち家族は、今回の接種体験を通じて、「自閉症や注射恐怖症など困難を抱えている人のことを、知ってもらうことが何より大切だ」と感じた。そして、たくさんの人と体験をシェアしたいと思ったそうだ。典子さんとアドバイスをしていたアメリカ・マサチューセッツ総合病院で小児精神科医の内田舞医師に、貴重なワクチン接種体験を語ってもらった。前編では、那奈さんがワクチン接種を済ませるまでの様子をお伝えする。