2022.02.04
# 野球

巨人・原辰徳監督辞任で「とばっちり」を受けた川相昌弘の「大胆な決断」

プロ野球・裏面史探偵(14)

1軍守備コーチ内定が、一転…

目をかけてくれていた上司が左遷され、そのとばっちりを受け、自らも冷や飯を食うはめに……というのはサラリーマン社会ではよくある話である。問われるのは、その時の身の振り方だ。プロ野球の世界から学べることはないのだろうか。

現在、巨人のファーム総監督を務める川相昌弘が巨人に“三下り半”を突きつけたのは2003年秋のことだ。

この年、川相は21年間の現役生活に別れを告げ、翌年からは1軍の守備コーチに就任することが内定していた。

元巨人の川相昌弘選手(ウィキメディアコモンズ)
 

以下は、以前、川相から聞いた話だ。

「コーチへの打診があったのは、9月の第1週目です。1週間考える時間をもらい、ギリギリまで悩んで、9月14日に引退を発表しました。現役を続けたいという気持ちもあったんですが、重要なポジションを任せてくれるというので、責任を感じて引き受けました。でも、それから数日して、原辰徳監督の来季続投がわからなくなってきたんです」

巨人は9月26日、原の辞任を発表し、堀内恒夫の新監督就任を発表した。渡邊恒雄オーナー(巨人)は「読売グループ内の人事異動」と語ったのだ。

岐路に立った川相の「大胆な決断」

川相が「複雑な立場」に立たされたのは言うまでもない。

「僕は原さんが来シーズンも監督をやることを大前提にコーチを引き受けたんです。当然“原さんの下でやる”という気持ちでいました。それが青天の霹靂というか、すべて崩れたんです。原さんの辞任発表が9月26日で、僕の引退発表が、その12日前ですからね。あんな形で監督が代わるなんて、まったく思ってもみなかったですよ」

いったい自分の身分はどうなるのか。1軍守備コーチは、あくまでも「内定」であって、「決定」ではない。監督が交代する以上、空手形に終わることもないとは言えまい。

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