2022.02.07
# ドル # 日銀

日銀総裁はウソをついても許された? 1998年に起こった日銀の「大変化」

なぜオープンになったのか?
「日銀総裁はウソをついても許される」――かつて、まことしやかにそう言われていた時代があった。なぜウソが“許容”されていたのか? そしてなぜ、“許されなくなった”のか? 日銀のみならず世界各国の中央銀行のスタンスが180度変わった1990年代の「革命」について、新刊『物価とは何か』から一部編集のうえ紹介しよう。
 

公定歩合の変更では嘘をついてもいい?

「衆議院解散と公定歩合の変更は嘘をついてもよい」と言われていた時代がありました。首相や日銀総裁はマスコミにそれらの実施について質問されたとき、嘘をついても許されるという意味です。

公定歩合が使われくなって久しいので、若い読者のために説明をしておきますと、日銀が銀行などにおカネを貸すときに適用される金利のことで、かつては日銀総裁のもっとも大事な仕事は公定歩合を上げ下げすることとされていました。

日本銀行本店[Photo by gettyimages]

その後仕組みが変わり、公定歩合ではなく金融機関が相互に資金を融通するときに適用される「コールレート」という金利について、日銀が目標値を決め、その水準が実現できるように、資金量を調整するという方法が採用されました。

解散についての嘘はともかくとして、金利の王様である(あった)公定歩合は、多くの金融機関や企業の経営に影響を与える変数です。嘘をついてもいいというのは、情報公開と透明性が叫ばれる現在では、信じられないようなことです。

しかし当時はそれなりの理屈がありました。ひとつは、事前に誰にも知られることなく公定歩合の変更を発表することで人々を驚かせるという、ショック療法的な効果が期待できると考えられていました。

公表前にリークしてしまうと、いざ公表というときには皆知っていて、ニュースバリューがなく、政策の効果が弱まると考えられていたのです。ただし、そうした、ショック療法が本当に有効だったか否かは、当時も今も意見のわかれるところです。

嘘をついてもかまわないという発想を突き詰めていくと、その背後には、政策の変更を人々に知らせることに積極的な意味はない、さらに言えば、外部者に余計な口出しを許すと政策の質が落ちるという考えがあったように思います。専門知識をもった一部のエリートだけで決めてしまう方が効率がよいという認識もありました。

SPONSORED