「保健室」に駆け込む子どもたちに「逃げ」「甘え」と言うのはやめにしませんか…?

思春期の今ここにある悩みに向き合う

居場所が見つけられない子どもたち

2021年5月7日、文部科学省から、2020年度の子どもの自殺者数は、調査を開始した1974年以降で最多の499人になったという非常にショッキングな発表があった。(出典:コロナ禍における児童生徒の自殺等に関する現状について

この結果は、コロナ禍で家庭や学校の環境が変わったことによって発生した複数の要因が、複雑に絡みあっているのではないかと推察され、学校や家庭での子どもの過ごしかたが重要視されている。

特にコロナ禍で行動が制限されている今の子どもたちにとっては、長時間過ごす家や学校教室といった「閉じられた空間」が、自分自身の「すべて」になりやすい。

そんな子どもたちに、われわれ大人は、どのような「居場所」を用意することができるのだろうか。また、学校内での「居場所」のひとつになりうる「保健室」は、子どもたちにとって、どのような存在であるべきなのだろうか。

 

フリーランスの性教育講師として数々の学校で講演会を行いながら、Twitterで情報発信を行い、1.6万人のフォロワーを擁するにじいろさんは、かつて小学校と高等学校で養護教諭として勤務した経験を持つ。

そのにじいろさんが、あるYA小説を題材に、思春期を生きる若い世代にとっての「保健室のあり方」について考察した。

にじいろさんがテキストとして選んだ「保健室経由、かねやま本館。」シリーズは、さまざまな悩みをもつ中学生だけが保健室の地下にある温泉に招かれ、そこで特殊な効能のあるお湯に浸かり、自分以外の誰かと触れあうことで癒やされ、生きる力を取り戻していくーーという物語だ。

にじいろさんが自身の養護教諭としての経験をふまえ、大人たちは、どのようにすれば、過干渉せずに、子どもが心から安心できる居場所を作っていけるのかを提言する。

子ども時代の「保健室」

子ども・学生時代、あなたにとって保健室はどんな場所だっただろうか。

「特に思い出はない」「あまり記憶にない」という人もいるだろう。私も小学校、中学校の時の保健室はそうだ。早退する際、熱を測りに行った記憶はうっすらあるが、私にとって保健室は「病気やけがをした時に行くところ」であって、それ以上でもそれ以下でもなかった。

しかし高校の保健室のことははっきり覚えている。

(画像はイメージです)Photo by iStock(画像はイメージです)Photo by iStock

私は高校2年生の頃、よくお腹が痛くなる時期があった。入学してから全く勉強についていけず、あきらめモードだった私は、授業はろくに聞いておらず、寝ているか内職をしているかのどちらかだった。

だから多少体調が悪くても寝ていればよかったのだが、腹痛となると、いつトイレに行きたくなるかもわからない。じっと座っているのも落ち着かないので、休ませてもらおうと保健室へ向かった。

保健室には、養護教諭の他、数人の教員がいた。簡単な問診を受け、一応は休ませてもらえることになった。しかし、ソファで休んでいる私は、ちっとも休まらなかった。

なぜなら、その場で複数の教員による説教タイムが始まったからである。

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