英語と米国にこだわる「カムカムエヴリバディ」が実は日本的なドラマである意外な理由

宝泉 薫 プロフィール

米国的なものと日本的なもの融合

そんな第2部において、巧みに使われたのが、米国人作家、O・ヘンリーの短編「善女のパン」だ。

パン屋で働く40歳の独身女性がいつも安いパンを買っていく男性を好きになり、内緒でバター入りのパンを売る。しかし、その男性はコンペに出品する製図を完成させるべく、パンを消しゴムがわりに使っていたため、完成目前の製図は台無し。男性に怒鳴り込まれた女性もまた落胆するという皮肉な物語である。

るいがこの短編をお気に入りだということが語られた数回後、トランぺッターがよかれと思って「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」を演奏。それがるいのトラウマを呼び覚ましてしまうという皮肉な展開が描かれる。

視聴者のあいだでは「善女のパン」がそれを予言していたのかと話題になったが、じつはもうひとつ、第1部の安子のことも思い出された。

安子は今でいうシングルマザーとして、亡夫の実家に頼らず、るいをひとりで育てようとするが、それがもとで事故に遭い、その際、娘は額に深い傷を負ってしまうのだ。ある意味、ひとりよがりな愛の押し付けが積もり積もっていき、るいは最終的に安子に対し、自分の額の傷を見せながら「アイ・ヘイト・ユー」と言い放つ。

そうやって母と訣別した娘が「善女のパン」をお気に入りだというのはなかなかよくできた筋立てだと思う。

 

ところで「カムカム」には日本的な要素も盛り込まれている。安子は和菓子屋の娘で、幼なじみに「あんこ」と呼ばれたりするし、るいが恋をするトランぺッターは時代劇映画を見て、演奏の極意をつかんだりする、という具合だ。

ここから見えてくるのは、この朝ドラが日本的なものと米国的なもの、いわば日米文化の融合を通して人間が幸せになるという世界観を提示したいのだろうな、ということ。それがひいては人類の平和にもつながるというメッセージは、劇中でもすでに登場している。

そういう志あっての、三代百年という描き方なのだろう。

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