2022.01.29

さだまさし、かぐや姫、荒木一郎…「学生街の喫茶店」で流れていた、昭和の名曲

かつて学生街にひしめくようにあった喫茶店。そこで過ごした日々は人生のかけがえのない財産として残っているという。前編記事『昭和の時代「学生街の喫茶店」に救われた人たちの証言』に引き続き、著名人が若者だった頃に、喫茶店で流れていた名曲と、それにまつわる思い出をお伝えする。

それが愛とは知らないで

喫茶店は人生に思いを馳せる場でありながら、恋の舞台でもある。学生街の喫茶店で恋人と過ごした時間は、甘酸っぱい記憶になっている。

芥川賞作家の三田誠広さん(73歳)が語る。

「早稲田大学の第一文学部に通っていた僕がよく出入りしていたのは、『ジャルダン』という喫茶店でした。'60年代から'70年代にかけて、早稲田から高田馬場までの通りには何十軒もの喫茶店がひしめきあっていた。

『ジャルダン』もそのひとつです。あの店は地下鉄早稲田駅の地上出口を出てすぐの場所にあって、文学部の学生たちはこぞってそこに行きました」

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その頃によくかかっていたのは、ザ・フォーク・クルセダーズの『イムジン河』('68年)だったという。

この歌は、朝鮮半島の複雑な南北問題をテーマにしている。'60年代後半は若者の間で社会主義が「流行」していて、学生たちは『イムジン河』が店内に流れる中、政治問題について熱く語り合った。時には議論が白熱するあまり、「そうじゃねえだろう、馬鹿野郎!」と学生同士が取っ組み合いをすることもしばしばだった。

三田さんはそんな学生を間近にしながら、目の前の小説執筆に煩悶していた。三田さんは17歳の時に小説『Mの世界』で文藝学生小説コンクール入賞をし、すでに文壇デビューを果たしていた。だが、早稲田大学に入学後は不遇の日々が続いた。10本以上の新作を出版社に持ち込んでも、すべて「ボツ」という憂き目に遭った。

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