読書や旅で没入感を得て「生まれ直す」

「写真家の仕事は、見続けることだと思っているんです。30年後や50年後の人が、受け取り方によって多様な情報や感情を引き出せる写真を撮りたい。見た人が『ああ、こういう世界があったんだな』と知ることができる“記録”ですね。例えば、地球温暖化による環境の変化も写真に撮っておかなければ、比較することもできない。2020年~2021年にかけてのコロナ禍における特殊な風景だっていつか忘れられてしまう。ただし、昔はよかったというノスタルジアに浸るのではなく、現実をなるべくありのままに写しておきたいという気持ちがあります」

確かに、ありのままを収めた石川さんの写真からは、何かの意図を押し付けられるような感覚はまるでない。それを見て何を感じるかは、見る側の自由な感性次第ということなのだろう。そんな風に、石川さんが旅を自分だけの体験にせず、誰かにシェアしたいという思いはどこからきているのだろうか。

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「小学校、中学校、高校とずっと本に救われてきたから、本や出版文化に感謝があるんです。子供にとって良質な物語をひとつ読むことは、その物語を体験するのと同じことだと思っていて。ぼく自身がそうやって本や写真集の中を旅してきて、その体験が原動力となって今がある。だから、自分も誰かにとってのきっかけを作る一端になれたらいいなと」

話を聞いていると、石川さんの読書は、頭で知識を得るものではなく、物語の中に入って体験する、という感覚の方が強いようだ。そしてその子供の頃の感覚をまた味わうために、極地を含めさまざまな地へと旅をしているようにも聞こえてくる。

写真/石川直樹さん提供

旅でも読書でも、よい経験をしているときには没入感がありますね。実際に旅することって、からだ自体がそこにある環境と密接に結び付く。寒さに適応する、高所に順応していく。そうやって、その環境の中に深く入っていく。小中高時代の読書も同じです。本の世界に没入していました。大人になると段々そんな読書体験をしにくくなっちゃいますよね。スマホが手放せなくなり、いろんなことが気になって、没入する時間がなくなっちゃうのは悲しいことです。旅では個の時間が生まれるから、時々そういう状況に長く身を置くことは自分の中でバランスをとる上でも必要なんだと思っています」

コロナ禍で海外渡航が制限されるまでは、1年に2、3ヵ月、ヒマラヤに遠征に出かけていた石川さん。

「遠征中も読書は欠かせません。朝は太陽の光でテントの中が暑くなり、夜は電気がないから当然暗い。そうやって自然のリズムが体内にできていくなかで、ヘッドライトの電池残量を気にしながら、テントの中で寝袋にくるまりながら本を読むひとときは幸せです。コロナ前まではそうした遠征を、1年に1回やってきた。一挙手一投足を意識し、呼吸し、登り、食べ、眠るを繰り返す。2、3ヵ月そんな風に過ごしていると、自分の中身が入れ替わるような感覚になるんです。生まれ変わる、いや、生まれ直すという方が近いかな」

多くの人は、一生の間にヒマラヤに登ったり北極を訪れることは、なかなかないだろう。しかし、石川さんの写真やエッセイに触れることで、私たちも彼の「生まれ直すような感覚」を追体験することができるのかもしれない。