経済成長が見込めない日本に最も必要なのは「成熟社会のデザイン」である

“社会の潮目”が大きく変化している
広井 良典 プロフィール

「経済成長主義」からの脱却と「成熟社会のデザイン」

以上を踏まえて日本の現在と未来について述べておきたい。

思えば「昭和」の日本、とりわけ第二次大戦後の日本は、高度成長期に象徴されるように“国を挙げての経済成長”を絶対的な目標とし、それをゴールとして「集団で一本の道を登る」ような社会を作り上げてきた。

しかし物質的な豊かさが飽和し、また2008年をピークに人口も減少に転じ、さらに気候変動や新型コロナに示されるように地球環境や生態系の有限性ということも顕在化してきた今、そうした“国を挙げての経済成長”=「集団で一本の道を登る」モデルの延長で考えていては、人々は疲弊し、個人の創造性は失われ、孤立と格差が深まっていくだけである。

しかもアベノミクス以来再び強固になった、「経済成長がすべての問題を解決してくれる」という昭和的発想と政策の結果、社会保障財源のための税など「負担」の問題は先送りされ、その結果、国際的に見て突出した規模の膨大な借金を将来世代にツケ回ししている。これでは日本の未来はない。

 

そろそろ「経済成長がすべての問題を解決してくれる」という発想から抜け出し、中長期的な展望に立って、本稿でその一端を提案してきたような「環境・福祉・経済」が調和した「持続可能な福祉社会」と呼びうる社会のあり方を正面から議論し、構想していく必要がある。

それは「成熟社会のデザイン」とも表現できるテーマであり、「新しい資本主義」を論じるならそうした点こそが重要ではないか。皮肉なことに岸田政権は“所得倍増”という、まさに高度成長期の日本を象徴する(当時の池田首相の)スローガンを持ち出しているが、そうした発想の枠組み自体を転換していくことが課題なのだ。

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