好奇心やワクワクを放っておかない

人生って本当に些細なきっかけで変わるんだなと、この時の体験で痛感した私ですが、それ以上に感じたのは、手前味噌ではありますが「人間、素直で誠実であることが大切」ということでした。先輩にその日のうちにお金を返そうとしたこと、父の言葉に素直に従ったこと。もしも私がお金にルーズだったら。そして父のアドバイスを受け止めずに、手紙を読み流してしまっていたら……。きっと運もここまで味方してはくれなかったような気がするのです。

あとは好奇心。初めてパリへ行った時もそうでしたが、やってみようかどうしようか迷っているなら、やった方がいい。家の中でジッとしたまま「私の人生こんなはずじゃなかった」と文句を言っていても、何も変わりません。私は今でも好奇心と内側から湧くワクワクを大切にしていて、やってみたいこと、頭に浮かんだ楽しいことはすぐにスマホにメモし、その後タイミングを見計らって実践するよう心掛けています。

また、大きな仕事が1本決まると、そのあと同じような仕事がポンポンと続くことがあります。これを「流れにのる」というのでしょうか?私が山下さんのショーに出た後がそうでした。もしかしたら自分に自信がついて、立ち居振る舞いが堂々として見えたのかもしれません。あとは良い事務所に所属できたことによる勢いもあったのだと思います。

時代も味方してくれました。最初にパリに行った頃は、背が高くて砂時計みたいにグラマラスな体型をしたモデルが主流でしたが、流行が変わり、ケイト・モスのように小柄なモデルが、ボロボロのTシャツにデニムを履いて、肩で風を切って歩くアバンギャルドな時代へと変化していったのです。今思えば多様性のスタートでした。

1994年、ヴィヴィアン・ウェストウッドのパリコレクションでのケイト・モス Photo by Getty Images

黒髪ロングヘアをセンターパーツにした小柄なアジア系モデルが、ヒップハングパンツで現れる――。そういうことが珍しかったので、タイミングよく、時代と上手く手をつなげたことが本当にラッキーでした。
一回目の挑戦で夢敗れても諦めずトライしたことで、時代を味方につけることができたのです。

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大阪と東京、日本と海外を行ったり来たり

そう、モデルは時代と手をつなぐことが大切。私自身、今振り返っても、あそこで時代の波に乗れたのは大きかったですね。パリから戻った後は、「大阪にパリコレにも出た面白いモデルがいる」と話題にして頂き、東京での雑誌の仕事も徐々に増えていきました。また「せっかく東京へ行くのならCMにも挑戦してみよう!」とCMのオーディションを受けたら、こちらも面白いくらいに仕事が決まり出しました。

ダイエット・コカコーラをはじめ、ヴィダルサスーン、パンテーン、P&G、金城武さんと一緒に出演したライフカード、GU、ユニクロetc. 大手企業のCMに、次々と有難く出演させていただき、嬉しく日々夢のような20代を過ごさせていただきました。

前回お話しした、私をモデルスという事務所に入れて下さったマネージャーのBさんは、この頃、東京のモデル事務所・エリートに引き抜かれて上京していました。そのBさんの計らいで、私は東京で仕事をする時はエリート、大阪で仕事をする時はモデルスと、両方の事務所に所属させていただけることになったのです。

そして25歳の時にニューヨークの事務所に入り、20代の終わりには韓国へ留学。その縁で韓国の事務所にも籍を置いたり…という感じで、大阪と東京、日本と海外を行ったり来たりしているうちに、私の20代はあっという間に過ぎていきました。

◇こうして努力を積み上げてきたことでチャンスをつかみ、一気にモデルの道が開けたアンミカさん。後編「アンミカの仕事論「一流モデルを目指す」ために必要な思考とスキルとは」では成功を目指すためのキーワードをさらにお伝えいただく。

衣装協力/ADORE  abiste 
スタイリング/加藤万紀子  ヘアメイク/ K.Furumoto【&’s management】
構成・文/上田恵子