1993年、パリコレにモデルとして参加して以来、モデル活動に、執筆や講演活動にとフル回転。常に前向きかつフェアなメッセージと笑顔で、多くの人を元気づけているアン ミカさん。なぜアン ミカさんは、いつもポジティブに輝いているのでしょうか。アン ミカさんが今のアン ミカさんになった秘密を、「言葉」をキーワードにし、その言葉にまつわるエピソードをお聞きして紐解く本連載。読むだけで心がちょっとラクになる、ビタミンのようなメッセージを受け取ってください。

心に留めている31個の言葉をまとめた、『ポジティブ日めくりカレンダー 毎日アン ミカ』を発売したアン ミカさん。連載第11回では引き続き、アン ミカさんの「仕事論」をじっくりお聞きします。連載10回では、当時行かないつもりだったファッションイベントの出会いから、モデルとしてのカレンダーにある「失敗はない、学びと発見があれば」「運がイイ!と思おう。Lucky!」という言葉のもとになった、仕事を通して得た学び、そしてつかんだ幸運とは?

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停滞していた人生が、一気に動き出した

最初は行かないつもりだった京都でのファッションイベントに行ったことでチャンスをつかんだ私。その日、先輩にすぐお金を返そうと思わなければ家に帰ることもなかったわけですし、そのタイミングで父の手紙も読むことはなかったはず。何か1つ欠けても点と点は繋がらなかったわけですから、本当に不思議な1日でした。

ラッキーはさらに続きます。海外で「ビューティビースト(beauty:beast)」のデザイナーである山下隆生さんの人気が高まり、パリコレクションへの参加が決定。私もモデルとして、パリへ連れて行ってもらえることになったのです。

しかもショーの後の打ち上げでは、以前オーディションで私を審査してくれたモデル事務所のスタッフと再会。これも何かのご縁に違いありません。さっそく「覚えていますか? 前にオーディションを受けた者なんですが……」と話しかけたのですが、先方からは「ああ~」と全然記憶になさそうな返事が返ってきました。(笑)

それでも負けずに「またオーディションを受けさせてください」と続けたところ、「今日のショーであなたはトリを飾っていましたね。すごくインパクトがありました。ぜひうちの事務所のオーディションにまた来てください」と言って頂き、結果、その事務所に所属することが決まったのです。

その後、山下さんのブランドにファミリーとして迎えて頂き、東京コレクションにもデビュー。また、カメラマンのノーバート・ショーナーが来日して雑誌の表紙を撮る際に、指名して頂けるようにもなりました。長らく停滞していた人生が、一気に動き出したのです。