2022.02.25
# 勉強法

オックスフォード大教授が語る、独学に必要なのは「知識」ではない

名著『知的複眼思考法』に学ぶ(5)

四半世紀もの長きにわたって、若いビジネスパーソンや大学生に読み継がれてきた書籍が、「独学に役立つ名著」として、いま再び注目を集めている。

1996年に刊行された『知的複眼思考法 誰でも持っている想像力のスイッチ』(講談社+α文庫)。著者の苅谷剛彦氏は、東京大学教授を経て、現在はオックスフォード大学教授として教壇に立つ。

本書のエッセンスを紹介してきた連載の最終回は、複眼思考を持たず、「正解信仰」に囚われることを危険性を指摘する。

「正解」という幻想

最近の若者たちは、いわれたことはきちんとこなすが、自分からは何をしていいのか、十分な状況判断ができない。「マニュアル族」「指示待ち族」だ、などと悪口をいわれることがあります。

学生たちを見ていても、与えられた課題についてはまじめに勉強するのですが、自分から問題を立ててそれを解くということは、あまり得意ではないようです。

毎年、卒業論文のテーマを決める時期になると、適当なテーマを見つけられずに頭を抱える学生が出てきます。関心を持つ領域やテーマをおぼろげながら見つけても、それを的確な「問い」のかたちで表現できない学生もいます。

〔photo〕iStock

ったん問題を与えられれば答え探しは得意なのですが、自分で問題を探して解くとなると、それまでの教育や受験で培つちかった能力だけでは太刀打ちできないのでしょう。

しかも、気がかりなのは、問題が与えられた場合にも、学生たちは、どこかに正解がある、と思っているふしがあることです。学生たちと議論をしていても、性急に答えを探したがる場面が少なくありません。

素直さ、まじめさの裏返しなのかもしれません。じっくり考えるより、簡単にどこかに答えがあると思ってしまうのです。

 

かつて非常勤講師をしていたある大学で学生にレポートを書かせたところ、教科書から該当する部分を抜き書きするだけ、せいぜいがその部分を適当に縮めてまとめただけということがありました。大学というところは、「考える力」をつける場所なのに、教師のいっていることや本に書かれたことから「正解」を探せばよいと思っているようなのです。

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