2022.01.21

“金曜にカレーを食べる”はウソだった…太平洋戦争中に兵士が食べていた「艦隊グルメ」

藤田 昌雄

─主計兵の生活はどんな感じだったのですか?

藤田:一般的に主計科の労働環境は厳しかったようです。例えば、飯を炊くためには、通常の兵員より毎朝2時間も早く起きる必要がありました。なんといっても料理は下準備が大事ですから。これはきつかったでしょうね。

反対に食料に関しては恵まれた環境なので、こっそり砂糖などを手に入れて、賄賂として他の兵と物物交換をする者もいたようで、厳しい反面、役得な部分もあったようです。

また、食事というと一日3食をイメージされると思いますが、海軍では朝昼晩とは別に小夜食(こやしょく)と呼ばれる軽食を作ることも多かったようです。その名の通り夜間勤務や演習がある際に、握り飯や汁粉が提供されていました。

『五目握り飯』。戦闘が始まると、急遽献立が変更され、食べやすく、運びやすい握り飯が戦闘食となる

モデルは奇跡の“駆逐艦”

─駆逐艦という艦とは?

藤田:そもそも駆逐艦とは、魚雷を詰んだ水雷艇を排除する目的で作られた船です。戦艦など、大きく小回りの利きにくい船にとっては、水雷艇のような小さい艦が放つ一発の魚雷でさえ、艦の命運を左右する大きな危険因子です。そのため水雷艇を「駆逐」するための船として、駆逐艦が艦隊に配属されました。

 

─駆逐艦乗りの特徴とは?

藤田:日本の場合、ヨーロッパの駆逐艦とは異なり、艦隊の護衛任務より潜水艦や水雷艇への攻撃の方がメインの任務でした。これらの目的に艦は特型駆逐艦と呼ばれ、主に艦隊決戦用に建造されています。軽巡洋艦にも匹敵する攻撃力を持っていたので、攻撃的な任務に誇りを持っていたようです。そのため、乗員も護衛任務を与えられると、なんで俺たちがこんなことをしないといけないのかと不満に思うことも多かったようです。

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