2022.01.19

草彅剛主演『アルトゥロ・ウイの興隆』は、良質な「ファシズム体験」プログラムかもしれない

昨年11月から今年1月にかけて、草彅剛主演の舞台『アルトゥロ・ウイの興隆』(白井晃演出)が、KAAT神奈川芸術劇場をはじめ各地で上演されました。「異化効果」などで知られる20世紀の劇作家・ブレヒトの戯曲を基にした公演で、普通なら「熱狂」が起きにくい舞台と考えられていますが、実際は客席に大きな熱狂が巻き起こりました。

昨年12月に公演を見た演劇の研究者である松本俊樹さんは、その舞台が良質な「ファシズム体験プログラム」とも呼べるような性質を持っていたと言います。ブレヒトという作家の特徴とわせて、本公演の特徴を松本さんが紹介します。

ブレヒトの「異化効果」

「ブレヒトで熱狂?」最初は耳を疑った。白井晃演出、草彅剛主演のKAAT神奈川芸術劇場主催・製作による『アルトゥロ・ウイの興隆』のことである。本格的なコロナ禍を迎える直前、まだ私たちがこの災禍を海の向こうの出来事だと思っていた2020年1月に迎えた初演では舞台で起こることに客席が熱狂していたという。

戯曲の構造上、ブレヒト作品で熱狂などありえないと思っていた私は、再演があれば客席の様子を「観察」しなければならないと思い、2021年12月、ロームシアター京都での再演を観劇した。陣取ったのは3階席。より舞台に近く、熱狂に巻き込まれやすい1階席の様子を俯瞰できるからだ。

〔PHOTO〕田中亜紀
 

ブレヒトの演劇は通常「叙事的」とされ、「異化効果」と合わせて説明される。この叙事的演劇とは、演劇を見て感情を動かされ、精神の浄化(カタルシス)を得るという従来の「劇的」な演劇に反するもので、観客に対して舞台で起こる「事」を冷静に観察するため、登場人物への感情移入や舞台への没入を妨げるものだ。

1898年にドイツ南部のアウクスブルクで産まれたベルトルト・ブレヒトは、第一次大戦後のベルリンでマルクス主義に接近、同地でプロレタリア演劇、政治演劇を多く手がけていた演出家エルヴィン・ピスカートアの影響も受け、劇的世界への没入や登場人物への感情移入でカタルシスを得るのではなく、「現実」が提示される舞台への冷静かつ客観的な観察を観客、また演者にも求める叙事的演劇を確立した。

没入を妨げるために用いる様々な手法(例えば、説明台詞や映画や幻灯を用いた状況説明、音楽による芝居の「遮断」など)が用いられ、ごく単純化して説明するなら、それらにより舞台上の人物やそこで生じている出来事に「同化」せず、距離を置くことが「異化」だ。ブレヒトの作品を観る観客は常に冷静な観察者であることを求められる。

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