「太ったかも……」
暴飲暴食になりがちな年末年始。しかも、今冬は寒波到来で室内にも籠りがちになる。1月も半ばを過ぎ、SNSには「太ったかも」「太ったといわれた」「太ったっていうな!」という言葉がよく上がっている。

なぜ人は「太る」という言葉に振り回されてしまうのか。

「太るという言葉が気になるなら痩せればいい、と思うかもしれませんが、痩せても呪いはつきまとう。太ったことに悩むというのはそんなに単純な話ではないと思うのです」というのは、体型や外見などのルッキズム、摂食障害などの問題をSNSで積極的に配信しているプラスサイズモデルの吉野なおさんだ。

なおさん自身もこの言葉に深く傷つき、呪いをかけられてきた時代があったという。どうすればこの呪いは軽減できるのか、なおさんとともに考えてみたい。

以下、吉野なおさんの寄稿です。

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太った自分の体が受け入れられないのはなぜか

「太った自分の体を受け入れられなくてつらい」
「鏡で自分の太った体を見ると憂鬱になる」

そんな声を聞く。これまでの人生で、ジェットコースターのように体重のアップダウンを繰り返してきた私も、過食症になって一気に体重が増えた時は特につらかったので、その気持ちはとてもよくわかる。自分の容姿の変化に心が追いつかなかったのだ。それに、物心ついたときからサブリミナル的に体型批判を受けることが多い日本社会の中で、太ることに対してネガティブなイメージを抱いてしまうのは自然なことだと思う。

体重に一喜一憂してしまう。少し太っただけで憂鬱になってしまう人もいる。photo/iStock

私のSNSには体型に悩みを持つ人が多く訪ねてくれる。「太っている」という言葉に苦しんでいる方も多い。そして、「太ったことで悩んでいる」という人に話を聞くうちに、気付いたことがある。多くの人が「太った体そのもので悩んでいる」というより、「太った自分に対する自己嫌悪や反省、不安や焦燥感、人間関係のストレスなどメンタル的な問題」にさいなまれているということだ。

しかも、自分のつらさや本音を誰にも打ち明けることができず、ひとりで抱え込むうちに考え方がどんどん偏っていき、そんな現状を打破するために無理なダイエットを繰り返していることもある。

私自身の過食症の経験から思うのは、体重が増えて自己嫌悪感があるときに本当に必要なのは、ダイエットよりもまず自分の体との向き合い方や、他者との適切な関わり方なのかもしれない。「ダイエットなんかしなくていい!」と言いたい訳ではない。不安や焦燥感を持った状態で偏ったダイエットを始めると、「痩せる」or「DIE」で思考するようになってしまう。生活の中心が「痩せること」になってしまい、人生に息苦しさを感じてしまうからだ。

私自身もそういった思考にハマり苦しんだ経験がある。そのときの経験から、私なりに見えてきたものがある。私なりの反省点を織り交ぜながら、体重が増えた自分とのつき合い方をまとめてみたいと思う。