2022.01.17
# ロシア

カザフスタン騒乱は結局、前大統領の国家私物化親族の謀略だった

周縁不安定化はプーチンに吉か凶か

突如の騒乱はなぜ

広大なユーラシア大陸、その真ん中にのたりと横たわる草原の大国、カザフスタンの西端で3日から自動車燃料価格上昇に抗議するデモが発生。これは数日で全国の数都市に波及した。5日には、旧首都で経済の中心アルマトイで、旧大統領官邸、テレビ局、空港が占拠され、警官隊・軍隊との撃ちあいという事態に発展する。

2019年3月にナザルバエフ大統領(1991年12月ソ連崩壊で独立して以来、その職にあった)から職を引き継ぎ、同6月の大統領選で正式に選ばれながらも、利権にしがみつくナザルバエフ周辺に抑えられて鳴かず飛ばずだったトカエフ大統領は、ここに至って5日、ナザルバエフが終身務めることになっていた国家安全保障会議議長の地位を襲名した。

トカエフ・カザフスタン現大統領  by Gettyimages

これで公安機関を動かせる立場になると、マシモフ国家保安委員会(旧KGB)議長を解任。ほぼ同時に、ロシア版NATOとも言われる集団安全保障条約機構に、国内の安全を確保するための措置を取るよう要請、ロシア空挺部隊を中心として、アルメニア、ベラルーシ、タジキスタン、キルギスから総計2000名強の平和維持軍を招き入れた。

9日の集団安全保障条約機構の臨時首脳会議(オンライン)でトカエフは支援に感謝を表明。外国のイスラム過激主義の介入による独立以来最大の危機を克服することができた、と述べた。彼は11日、自国の議会でスピーチし、この平和維持軍はあと2日で撤収を開始すると宣言。そして13日には、平和維持軍が撤収を開始したとの報道が流れる。

世界のマスコミは、これまで平静だったカザフスタンでなぜ急にこんなことが起きたのかわけがわからない。そこでとりあえずお決まりの、「権威主義政権の力による弾圧」、あるいは「プーチンの旧ソ連復活の野望実現」等々の報道で耳目を引こうと努めている。

 

この事件のウラ(誰がアルマトイのデモを暴徒化させ、空港、テレビ局などを占拠させたのか。その目的は何か)はまだわからない。しかしロシア語、英語の報道をつらつら見るに、今回の事態はロシアが仕組んだものではなく、ロシアにも予想外のことだった。そしてこの事件には、ナザルバエフの親族が公安機関を巻き込んでの利権保持を図ってきたことが強くからんでいる。この2つのことは言えるだろう。

では、もう少し詳しく説明してみることにする。

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