「細菌に感染しています」

大竹さんの記憶によると、この時、医師から「細菌に感染しています」という言葉があり、そして「今から入院して、陣痛促進剤で陣痛を起こし、赤ちゃんを産んでいただきます」という説明があった。

大竹さんは、しばらく、何の話なのかわからなかった。ただ「赤ちゃん、だめだったんだ」ということだけはわかり、頭の中はしばらく真っ白だった。

亡くなった赤ちゃんを、薬で陣痛を起こして産むなんて、世の中にそんなお産が存在しているなんて、大竹さんは想像をしたこともなかった。

「私は本当に何も知りませんでした」
大竹さんは言う。
「だから、いつも言われるがままでした。そして、どんなことが起きても自分で判断できず、『こんなものなのかな』と思ってしまったんです。具合が悪くても『先生も助産師さんも忙しそうだから我慢しよう』とか思ったりして、なかなか声をかけられません」

薬で陣痛を起こして痛みが強くなって来た時も、大竹さんは、助産師さんたちが忙しそうな時間帯だと思うとなかなかナースコールが押せなかった。それでも、もう我慢できないと思ってボタンを押したところ、直ちに助産師さんが来て、あっという間にお産になった。

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「ごめんね」とだけ…

大竹さんは、お別れの時間を振り返る。
「私は、ただ、赤ちゃんの頬を撫ぜて『ごめんね』と言えただけでした」
赤ちゃんを連れてきたもらえたものの、大竹さんは、写真を撮っていいかどうかもわからなかったし、抱っこしていいものかどうかもわからなかった。
あの時に抱っこできなかったことが、今も、大竹さんには大きな心残りになっている。今は助産師さんが「抱っこをしてもいいですよ」と声をかけたり、手形や足形をとって赤ちゃんの思い出の品を残してくれる病院も増えてきたが、13年前のそのクリニックで大竹さんが得られた思い出はそれだけだった。

大竹さんが赤ちゃんの思い出として持っている品は多くはない。右は大竹さんが超音波検査の写真をまとめたアルバムと、左は検査の前後を克明にメモしたその年の手帳 撮影/河合蘭

記録によると、大竹さんの赤ちゃんの身体は

体重135グラム
身長19センチ

あの時大竹さんが赤ちゃんを抱きあげていたら、両手に収まってしまうほどの小さな赤ちゃんだったことだろう。

男の子か女の子かを確かめることもできなかった。

火葬が終わり、その後に受け取った羊水検査の結果は「判定不能」というものだった。染色体疾患のことは、結局わからなかった。

しばらくして、大竹さんは、このクリニックが羊水検査をやめたことを知った。その理由は、わからない。