米国に倣ってきた日本が、決められない社会になったワケ

生命知能と人工知能(3)
これからますますAIがわれわれの日常生活に実装される時代、私たち人間がこれからも豊かに幸せに生きるためにはどうすれば良いのか?
最新の知見をもとに、生命知能と人工知能の違い、生命知能を支える意識の働きを解説、生命知能を成長させる脳の使い方、育て方のヒントを提示する“希望の書”『生命知能と人工知能』から注目の章をピックアップ。

人工知能化する社会

私の考えでは、生命知能が衰え、人工知能化が進んでいるのは、人間だけではありません。もっと顕著なのは、私たちの社会全体です。人工知能は自動化のために、生命知能は自律化のためにあることを思い出してください。人工知能は、ルールや作法が与えられることを前提としています。一方で生命知能は、自らルールを作ります。もう少し踏み込んで私なりに表現するならば、人工知能の目的は与えられた課題を効率的に解くことであり、生命知能の目的は自分で課題を作ることです。

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さて日本社会は、人工知能的でしょうか、それとも生命知能的でしょうか?

明治維新以降、わが国の発展を支えてきたのは人工知能的な戦略であると私は考えています。江戸時代末期、黒船が来航し、わが国の大砲とは異次元の威力を見せつけました。ここで欧米との技術の差を実感した日本は、官民一体となって、欧米諸国をお手本とした科学技術の振興を始めます。その後、わが国は着々と国力を蓄えますが、太平洋戦争で再び国力の圧倒的な差を目の当たりにします。

 

しかし敗戦後、再び欧米をお手本としながら、見事な復興を遂げ、1968年には、米国に次いで国民総生産(GNP)世界2位の経済大国になります。そして1990年代前半にバブル経済が崩壊するまで、経済は順調に成長しました。この頃までは、わが国を支えた自動車産業にせよ、電機産業にせよ、何を開発すべきか、明確な課題がありました。そして、その開発競争のルールも明確でした。既存製品を少しでも改良し、効率的に安く製造する方法を編み出せばよかったのです。最も考えるべきはコストパフォーマンスでした。わかりやすい評価軸のもと、まさに人工知能的な戦略が功を奏した時代でした。

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