2022.01.16
# 週刊現代

「忠臣蔵」「桜田門外の変」一族の子孫たちが激白する、歴史を変えた「あの大事件」の真相

週刊現代 プロフィール

医師の手当てで義周が息を吹き返した頃に江戸城からの検分が到着し、吉良家の家老が「幕府の検分にはきちんとご挨拶をして事実を報告してください」と伝え、重傷の義周は必死にそのとおりにしました。

そうやって何の落ち度もなかったのに、「生き残ったのは不届きである」として諏訪高島藩にお預けになってしまいます。同行を許されたのは吉良と上杉両家から藩士1人ずつだけ。医師の同行も許されなかったんです。

義周は事件から3年あまり後、預け先で21歳の若さで亡くなり、吉良家は断絶してしまいました。

あのベストセラーのせい

梶原:赤穂事件では、浅野内匠頭も吉良上野介も徳川幕府にうまく利用された感じがします。

上杉:上杉家では赤穂事件はかなりのトラウマになりました。

米沢では、江戸時代から戦前まで歌舞伎、歌舞音曲に至るまで忠臣蔵関係の演目は一切上演されませんでした。そもそも「忠臣蔵」なんて絶対に言いません。今でも米沢では、あれはあくまでも「赤穂事件」です。

「仮名手本忠臣蔵三段目」、歌川国輝(パブリックドメイン)「仮名手本忠臣蔵三段目」、歌川国輝(パブリックドメイン)
 

明治時代、米沢出身の政府高官が徳川家の催しに招かれた時のこと。宴席の出し物が忠臣蔵関連の音曲だったために彼らが途中退席しようとして、徳川宗家の家達公爵が平謝りしたという逸話が残っています。

梶原:忠臣蔵の代名詞である『仮名手本忠臣蔵』は歌舞伎の人気作ですね。梶原景時を「ゲジゲジ梶原」と表現したのも歌舞伎作者の近松門左衛門です。人を騙して陥れる者という蔑称で、床下に住むゲジゲジ虫と梶原家の矢筈の家紋が似ているのをひっかけた言葉です。近松は実にケシカラン!

井伊:最近はテレビでも、井伊直弼は近年の研究成果を踏まえて等身大に描かれることが増えてきた。ただ、司馬遼太郎さんがお書きになった『幕末』という小説が直弼を極端に低く評価しているんです。しかもこの小説は今も売れ続けている。いったん定着した評価を変えるのは簡単ではありません。

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