2022.01.13
# エンタメ

なぜ「女性の落語家」は少ないのに「女性の講談師」が多いの…? その「意外な理由」

堀井 憲一郎 プロフィール

戦前から活動していた二代目神田山陽(1909〜2000)の弟子に、神田陽子、神田紫、神田紅の女性が入門したところが大きいのだろう(ともに1979年入門)。それから女性講談師が目立つようになり、徐々に女性演者が増えてきた印象がある。

(ちなみに大阪のほうの講談は、男性のほうが多い。それでも男性22、女性11ほどで、三分の一は女性である)

 

落語と講談の違い

なぜ講談は女性が多いのか、考えてみると、落語に比べて「講談のもともとのテキスト」が女性が話しても無理がないからだろう。

講談は、基本、客観描写である。

落語は一部をのぞき、それぞれ登場人物の会話が基本となって話が進んでいく。

いっぽうの講談は、歴史的な出来事を、たとえば合戦を、「見てきたかのように」情熱的に喋る。 

たとえば大坂夏の陣をもとにした「難波戦記」の一節は以下のようなものである。

「ころは慶長のころもあい改まり、明くれば元和元年五月七日の儀に候や、大阪城中千畳敷、御御上段の間には内大臣秀頼公、御左座には御母公淀君、介添えとして大野道犬、主馬修理介数馬(…)、いまや遅しとあい待ったるところへ、関東方の同勢五万三千余騎、辰の一点より城中めがけて、押し寄せたりしが、なかにも先手の大将、その日のいでたちいかにと見てやらば(…)」

そういう言い立てが基本である。なかなか調子がいい。

御御上段、とあるのは間違いではなく、これで、「おん・ご・上段」と発音する。なんというか、調子をつける音になっているのだ。

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