33歳で自殺した朝日新聞記者の父親が、同僚に向けて書いた手紙の中身

【前編】朝日が真相を開示する日は来るのか

記者としての絶頂期を迎えるときに

「朝日新聞労働組合 組合員の皆様 A(原文では実名)の同僚、同期、数多くの友人の皆様」と題された文書は、昨年12月、朝日新聞労働組合の機関紙「本部広報59号」に掲載された。
 
〈Aがいなくなり2ヵ月がたちました。その間に「何故Aがいなくなったんだろう、小学校の頃から、あれだけ朝日新聞を愛していたAの身にどういうことがあったんだろう」という問いを毎日繰り返し、時がたてばたつほど考えこんで、悲しく、苦しく、身が引き裂かれる思いで暮らしています。

私には、2021年10月6日から、時が止まったままです。元気そうなAから、私の誕生日である10月10日に「大阪に来て」と、その何日も前に連絡があり、新幹線の切符と朝日新聞大阪本社の隣にあるホテル「コンラッド大阪」の予約もとって、プレゼントしてくれました。楽しそうに大阪のどこを案内するかなど話もしていたのに。

10月6日に何故、Aはいなくなってしまったのだろう。2ヵ月たつ現時点に至っても、ほとんど何の情報もなく朝日新聞のほうからは「調査中」という言葉しかない中、自問自答している毎日です〉

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2021年10月6日、朝日新聞大阪本社経済部のA記者が、33歳という若さで命を絶った。2011年に入社し、キャリア10年。記者としての絶頂期をこれから迎えようとしていた。

A記者と一緒に仕事をしたこともある同僚が語る。
「優秀な記者で、ハンセン病や人権問題など社会問題に関心が強く、的確な取材に裏打ちされた記事を書いていた。経済部に異動してからも、国土交通省や自動車・電機業界の担当として、精力的に頑張っていた。彼が自殺したと聞いて、飛びあがるほど驚いた。いったい、何があったのか今も信じられません」

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