2022.01.12
# 企業・経営

「円安はいいもの」という思い込みを続けていると、日本が「大変なことになる」理由

加谷 珪一 プロフィール

実勢レートよりも割高な為替レートで戦後経済はスタートしており、こうした環境は輸入には有利に働く。終戦直後における日本の製造業は未成熟であり、政府は基本的に国内メーカーを保護してきたので、事実上の輸入代替政策として機能していた。

政府が保護した産業の競争力は低下するのが常であり、加えて言うと、当時の日本の主力産業は繊維なので、重化学工業はまだヨチヨチ歩きだった。日本以外の新興国がこぞって工業化に邁進していたら、日本メーカーがここまで競争力を獲得することはなかっただろう。だが、安価に工業製品を生産できる新興国は当時、日本しかなく、欧米の消費者は「安かろう悪かろう」と文句を言いながらも日本製品を購入してくれた(つまり日本の輸出は増えた)。

池田勇人〔PHOTO〕Gettyimages
 

日本は結果的に輸入代替政策を採用したことと同じ状況になり、しかも、日本以外に目立った競争相手がいないという偶然が作用した。これによって同政策における最大の欠点である非効率化と国際競争力の低下という問題を回避できたのである(ラテンアメリカ各国がことごとく工業化に失敗したのとは対照的である)。

これは政府が意図したものではなく、偶然が作用した面が大きいと考えられるが、非常にラッキーだったといってよい。日本メーカーは長く保護されつつ、それでいて輸出を増やすことができたので、その間に資本と技術を蓄積することができた。

要するに、実勢よりも高い為替レートが産業育成にうまく作用したという話だが、1970年代に入り、日本企業は真の実力を付け、高い国際競争力を持つようになった。そうなってくると、さらに為替と企業の業績は無関係になる。

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