「育っているから心配ない」はずなのに

「子育て編」は、出産して子どもが8カ月になったころ、突然妻から離婚を切り出された夫が主人公。「育児をするいい夫」のつもりだった夫はパニックになる。そして朝起きると、出産直後の妻になっていたというリアルファンタジーだ。夫は「いい人」と思ってやっていた自分の行為が、当事者意識のない、指示待ちの、どうしようもないことだったことに気づいていく。

例えば、本来ならば、同じ日に同じ子の親になった「同士」であり「チーム」のはずなのに、母乳が出ないことに悩む妻に平気で「おっぱいじゃなくて大丈夫なのかな?」という言葉を言ってしまう。思わず、「自分」である夫に殺意を抱くのも無理はない。

(c)車谷晴子/講談社『朝起きたら妻になって妊娠していた俺のレポート 子育て編』
-AD-

作者の車谷晴子さんは、『朝起きたら妻になって妊娠していた俺のレポート 子育て編』を描くにあたり、自身の体験や周囲の声を多く参考にしたという。

「基本的にこの作品は聞かせてもらった話をもとに、アレンジして構成していることが多いです。が、寝れないことは私の実体験…というより怨念のようなものが強く出ているかもしれません(笑)。本当に寝ない赤ちゃんだったので。
授乳に関しても最初はあまり出ませんでした。『出なくて悩んだ』という話も聞きました。今考えると元気に育っているのに母乳だミルクだと悩む必要があったのか? となるのですが、必死に子育てしている母親をおいつめるプレッシャーは本当に多いですね。

ちなみに現在小2の子供はいまだにあまり寝ないので、赤ちゃんの頃はどうやっても多分寝なかったんだろうと今なら言えますが『私が悪いのか?』と悩んでいました。
赤ちゃんがどうやったら寝るか? とか母乳がどうやったらでるか? に追いつめられるのではなく、赤ちゃんが寝なくても交代で休めるとか、育ってるから心配ないというのが当たり前になればいいなと願います」

こうして実体験や多くの取材をもとに車谷さんが漫画で描き出す新生児育児の様子は、コメディになってしまうほど。そこに描かれている物語を読むと、愛情があることと、「母はこうでなければならない」という考え方は別物だということがわかる。むしろ親が強迫観念を抱いてしまうような「~べき」とは距離を置くこと、なにより夫も妻も自分の気持ちを大切にして追いつめられないこと。それらの大切さを、この作品は教えてくれる。

「現実的な話をすれば妊娠出産は命に関わることだし身体も変わっていくし、絶対安全というものはなく、予期せぬ事態が起こるかもしれないことを怖いと感じるのは大切ではないかと思います。
育児も大変そうだし無理だなぁやりたくないという気持ちも大切にしてほしいです。自分の人生は自分のものなので。

そのうえで『子どもは欲しいけど出産怖いなぁ。子育てできる気がしない』という場合、その気持ちをどんどん口にだしていける環境があれば、不安などは少しずつ減らしていけるんじゃないかと思っています。そしてそういう気持ちで漫画を描いています。
『お母さんになるんだから怖いとか言ってる場合じゃないでしょ?』『みんな辛いんだからあなたも頑張りなさい』なんてどこかで聞いたな?って戯言は、はぁ~~!?と無視していきたいですね。
余力があれば殴り倒したいところです(笑)」

戯言に対し、孤独に育児をしていると「責められている」と思って心が縮んでしまう。でもこの漫画にあるように、同じように「はぁ~~!?」と言い返したい仲間たちはたくさんいるのだ。声に出しても出さなくても、「はぁ~~!?」を効果的に使うのもいいのかもしれない。