20代は、奔放な生き方に憧れた

若い頃に読んだ一冊の本によって、恋愛と食への関心が一気に深まったことがあるという。学生時代、ふと手に取った檀一雄の『火宅の人』がそれだった。“火宅”とは仏教用語で、“燃え盛る家のように危うさや苦悩に包まれているのに、気づかず遊びにのめり込んでいる状態”を指す。小説には、家庭を顧みずに、女優を愛人にし、通俗小説を量産しながら放浪を続ける作家の姿が描かれていた。

「今の世の中では通用しない人物だとは思いますが、当時僕は20歳そこそこで、奔放な生き方への憧れもあったんでしょうね。一度読んだらもう、大好きになっちゃって(笑)。何回も何回も読みました。浮気をしてきたことを正直に妻に告げたあとに『彼女と付き合うから』と宣言する場面なんか、ひどい男だとは思うけど、でも魅力的なんですよ。自分の気持ちを偽らない正直さっていうのかな。自分で自分を追い込んでいってしまうところは、不器用な人なんだと思う。ゆっくり食事をするシーンも描かれているんですが、それすら、贖罪の作業のように思えたりして……。でも、今の時代は、『火宅の人』が愛読書と言うだけで『家庭人失格』の烙印を押されてしまうかもしれないですね(苦笑)」

撮影/山本倫子
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以来、檀一雄の著作を手に取るようになり、『壇流クッキング』という本に辿り着いた。文壇随一の名コックと呼ばれた檀一雄が、世界中の素材を買い漁り、豪快な料理を文章にしたためている。

「20歳ぐらいから料理をするようになるんですが、一番の師匠が、檀一雄さんでした。檀流クッキンングに出ている料理は全部作りました。分量とかが雑なんで、逆に作りやすいんです。父も料理好きで、家庭料理じゃなく、どこかうまい店に行って味を覚えて、それを再現してくれた。材料もいいから美味いわけ(笑)。だから子供の頃から『料理って楽しそうだな』って思ってました。最初に作ったのはカレー。今も、カレーはよく作りますけど、市販のルーは使わない。スネ肉なんかで出汁を取って、スパイスを自己流で調合するスパイスカレーか、玉ねぎと肉を炒めて、和風出汁とカレー粉で味をつけして、メリケン粉でトロミをつける、お蕎麦屋さんのカレーなんかも作ります」