2022.01.14

『昆虫記』のファーブル、じつは「年収160万円」のなかで研究に励んでいた…!

フンコロガシのエサ代にも困り…

歴史上の人物のお金にまつわるエピソードを多数紹介する『偉人の年収』(イースト新書)。ここでは、著者の堀江宏樹氏が、ファーブルの耐乏生活について紹介します。

 

ファーブルの年収

フランスの田舎で教員生活を送りながら、昆虫の研究に打ち込んだアンリ・ファーブル。

彼の教員生活は、なんと10代のうちに始まりました。彼がまだ15歳だった頃、父親の事業が大失敗し、一家はその場で離散してしまいます。自活せざるを得なくなったファーブルは、寄宿制の師範学校の奨学生になる道を選ばざるをえませんでした。

在学中に教員免許を取得、1842年に19歳で高校教師になったファーブルは、南仏の小さな街カルパントラで暮らし始めます。

21歳の時には、2つ年上のマリー・セザリーヌ・ヴィアーヌと結婚。両親からは結婚を反対されましたが、この女性の理解があってこそ、ファーブルの昆虫学の研究は進んだといえるでしょう。

ファーブル〔PHOTO〕WikimediaCommons

1849年、ファーブルは妻と子らを引き連れ、一家でコルシカ島に引っ越します。当地では教師を続けつつ、自らも大学に通って学びました。

教師生活の鬱屈を晴らすために、ファーブルはさまざまな本を読んでいたそうです。そしてモカン・タンドンという博物学者を自宅に宿泊させた際、博士が縫い針で行ったカタツムリの解剖に魅せられ、生物学全般、とくに虫に対して一気に開眼していったのでした。

教師としてのファーブルの年収はどれくらいだったのでしょうか? 

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