2022.01.14
# 性 # 宗教 # 立ち読み

なぜ神父は結婚できないのか。宗教が「セックス」をタブー視するワケ

「性と宗教」のナゾに迫る!
島田 裕巳 プロフィール

欲望を抑制する宗教と戒律の役割

『性(セックス)と宗教』で論じようとする根本の問題は、欲望と戒律ということです。人間には性の欲望があり、それは生物である以上当然のことです。思春期に達すれば性の目覚めが訪れ、性に対する欲望を抱くようになります。そして、実際に性行為に及び、結婚したり、子どもを産んだりします。人間の場合には、一般の動物にある発情期がなく、いつでも性の欲望が発動するようになっています。

そう考えると、人間は随分と恐ろしい生き物だということにもなってきます。性の欲望が無軌道に発動すれば、そこでさまざまな出来事が起きます。欲望が満たされなければそれが爆発し、とんでもない事態が訪れる危険性もあります。もちろんそれは、性欲を無軌道に発動した人間にとっても不利益になるので、それぞれの人間はなんとか欲望を抑えようとします。

その際に、宗教が重要な役割を果たしてきました。宗教はおおむね性の欲望を否定的にとらえ、それに振り回されることで、人生を台なしにすることがないようにと説くからです。そして、欲望を抑えることができる人間は、宗教の世界において徳の高い存在と見なされます。戒律にはそうした機能が伴っています。その点も注目されるところで、戒律が重視されてきた一つの理由ともなってきたのです。

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宗教と性の問題を無視してはいけない

『性(セックス)と宗教』では、世界に存在する主要な宗教を対象にします。特定の一つの宗教における性と宗教との関係だけを考察するのではなく、それぞれの宗教における性と宗教との扱い方の違いを見ていくことで、個々の宗教の特質を明らかにしていきたいと考えています。

世界には膨大な数の宗教があるように思えるかもしれませんが、主要な宗教は限られています。ユダヤ教からはじまる一神教ということでは、ほかにキリスト教とイスラム教があります。キリスト教とイスラム教が信者数としては世界1位と2位を占め、世界全体の人口の半数を超えています。

それに次いで多いのが、インドのヒンドゥー教です。さらに道教と儒教、それに仏教が結びついた中国の民間信仰が続きます。仏教単体ではそれに次ぐ数になります。
ほかに主要な宗教としてはゾロアスター教などがありますが、信者の数としてはそれほど多くはありません。

イランでは、ゾロアスター教の影響を受けたマニ教が生まれ、一時は広がりを見せましたが、現在では事実上消滅してしまっています。また、日本には独特な宗教として神道があり、日本人としてはこれに注目せざるを得ません。

このうち、『性(セックス)と宗教』で主に取り上げるのは、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、道教、仏教、マニ教、神道ということになります。マニ教は消滅しても、キリスト教に大きな影響を与えました。しかもそこには、性の問題がかかわっていたのです。

『性(セックス)と宗教』は小著ではあるものの、世界の主要な宗教における性の扱い方を対象とすることによって、「性の宗教史」としての性格を持っていると言えるかもしれません。それは、これまでになかったアプローチの仕方ではないでしょうか。

篤い信仰を持っている人たちは自らの宗教を神聖視し、欲望とは切り離された清浄なものと見なそうとします。それは信仰者の願望ということにもなりますが、性の問題を無視してしまえば、人間の本質にはたどりつけません。人間は、自らが抱えた性の欲望に立ち向かうことで、宗教という文化を築き上げてきたのではないでしょうか。

性を無視して、宗教を語ることはできないのです。

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