大多数の人が「仕事に苦しんでいる」という厳しすぎる現実

ブルシット・ジョブと精神的暴力
酒井 隆史 プロフィール

どう悩んでいいかわからない

グレーバーはここで、「筋書きの欠落」すなわち「スクリプトレス」という心理学的概念も提示しています。

わたしたちの悩みや葛藤は、それぞれ個別のものでかけがえのないものです。とはいえ、おおよそそのような悩みに似たような悩み(職場でのいじめ、友だちとの借金をめぐる軋轢、恋愛における三角関係など)はだれかが経験したものであり、さまざまに語られてきています。人生相談のようなものはそれに対するさまざまな経験を有した人間が処方箋を与えるという構造をとっていますし、人間の創作する物語のほとんどはそうした人間の抱える悩みや葛藤をめぐるひとつの注釈であり、考察であるともいえるかもしれません。そういう意味では、わたしたちがなにか世の中でぶつかって抱えるものごとには、少しおかしな言い方ですが、どういうふうに悩むべきか「悩み方」の指南があるわけです。もちろん、その悩み方を採用したからといって悩みが解決するわけではありません。しかし、とにかくもやもやには型が与えられるのです。ところがBSJにはそれがない。どう悩んでいいか、わからない。

Amazon.comの『ブルシット・ジョブ』の販売ページのレビューの上位には、ある不動産業界で働く女性のものがあがっています。そこで彼女は、この本で、命が救われた、生きようとおもったといっています。問題を問題として特定するだけで、なにかぼんやりとしたもやもやを言い当てるだけで、このようなカタルシスが生まれる場合があります。それはこうした人の悩みに悩み方を与えた、「悩んでいいのだ」という裏づけを与えた、ということに由来しているとおもわれます。

 

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