「時間」とは何か? 最も身近な存在の「正体」に“最新”科学で迫る…!
「時間の流れは場所によって違う」日本人の時間感覚を生んだ「最初の時計」
人類は、太陽の巡りや月の満ち欠け、星座の移動など、周期的に起こる出来事から「時間の概念」を醸成し生活に取り入れてきた。「時間を捉え」、「時間をみんなで共有」し、「時間を精密化」していくことで社会を作り、生活を豊かにしてきたのだ。
天体観測から暦が生まれ、太陽の動きからは日時計が生まれ、古代の時間の基準となっていった。日本でも「時間」を計り始めた経緯が日本書紀に記されている。しかも驚くべきことに、その記述通りの遺跡が見つかっている。奈良の飛鳥水落(あすかみずおち)遺跡だ。

1972年に発見されたこの遺跡は、日本書紀の記述通り「漏刻(ろうこく)」と呼ばれる水時計が設置されていたことを示していた。漏刻とは、水を一定の流量で落とし、それを貯めることで上がってくる水位を見て時間を計るという時計だ。太陽が見えない曇りや雨の日も使え、夜でも時間を計ることができる。
遺跡からは、川から引き込んだ水路を示す樋や、水を取り込んだと考えられる銅管なども見つかり、漏刻に常時水を供給するために大掛かりな土木工事が行われたことを示している。

また、設置された時計は、階段のように水槽が並べられたもので、水槽を重ねて水を落としていくことで、最終の水槽からは安定した流量の水が流れ落ち、時計としての精度を高めていた。その精度は1日にずれがおよそ15分以内という高性能なものだったと考えられている。日本で最初に作られた時計が、高度な技術力で作られたものだったことには驚くばかりだ。
こうした大規模な土木工事まで行って時計を作った背景には、律令制度を制定していく中で、共通の「時間」を社会制度に組み込もうとした中大兄皇子(後の天智天皇)の政治的な意図があった。
以降、時計は社会に合わせて発展を続けていく。
振り子時計などの機械式時計や、クォーツ時計、そして現代では「原子時計」を基準として1秒の長さが決められている。その結果、原子時計を利用した位置アプリなど、社会の基盤となる様々な技術が生み出された。変遷を遂げる時計は時代ごとに人々の生活を支え、それが刻む「時間」が社会を作り上げてきたのだ。