「思いやり予算」増額のウラで米国の「日本への嫉妬」が「焦燥感」に変わったワケ

「思いやり予算」の変質を読み解く

日本側負担は1兆551億円に

日米両政府は7日、2022年度から26年度にかけた5年間の在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)を1兆551億円とする特別協定に署名した。直近の水準と比べて466億円増えた。単年度平均では、約2110億円になる。2021年度は約2017億円だった。

思いやり予算の出発点だった、米国によるジャパン・バッシングなど、とうの昔に影も形もなくなっているのに、なぜ、日本はお金を出し続けなければいけないのか。それは、同日発表された、日米安全保障協議委員会(2プラス2)の共同発表文を眺めてもわかるとおり、日本の安全保障環境が「いくらお金をかけても足りない状況」に陥っているからだ。

政府高官は「日米地位協定の取り決めでは本来、日本が払う義務がないお金だから、特別協定を結んでいるわけです」と語る。

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「思いやり予算」の由来・経緯は

1978年、当時の金丸信防衛庁長官が「思いやりというものがあっても良い」と発言したのが、「思いやり予算」の由来だ。

その発端は、米国で巻き起こった「安保ただ乗り論」。米国の対日貿易収支は1970年代から赤字続きだった。 繊維や鉄鋼、農産物などが次々とやり玉に上がるなか、米国で「日本は儲かっているのだから、在日米軍の駐留費にもっとカネを出すべきだ」という声が上がっていた。

日米貿易摩擦が80年代、90年代と続く一方、三菱地所によるロックフェラーセンター買収(89年)、ソニーによるコロンビア・ピクチャーズ買収(同年)もあった。1979年には、エズラ・F・ヴォーゲルが『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を、89年にはソニー会長を務めた盛田昭夫と政治家の石原慎太郎の『「NO」と言える日本』が出版された。当時、日米外交を担当していた政府関係者は「当時は米国の日本に対する視線がものすごく厳しかった」と語る。

また、2000年代初めの頃までは、米軍のなかにかつての日本軍の復活を警戒する世代が残っていた。海上自衛隊は2001年に特別警備隊(特警隊)を発足させた。北朝鮮の不審船事件を契機に、近接戦闘などを念頭に置いた部隊だったが、当時の在日米海軍のなかに「海自がシールズ(特殊精鋭部隊)を作ろうとしている」という警戒の声が上がった。

同じ頃、米海軍省のなかで、当時海自が進めていた、船首から船尾までつながる全通甲板型護衛艦の建造に反対した幹部もいた。米国が日本の軍国化を防ぐ「瓶のふた」になるとする論法が残るなか、「思いやり予算」は都合のよいツールでもあった。

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