先生が「見てくれる」環境

長男を5、6年で受け持ってくれた担任は20代後半のA先生。色白で笑顔が素敵な女性で、若いながらとても落ち着いた方だった。登山行事の際、長男は登山靴を両方左のものを履いて行った。運悪く登山靴は私と同じ薄緑色のデザイン。しかも当時私たち母子は同じサイズだった。そのため、靴箱から出すときに2足一緒に転げ落ちた時、間違えて履いたという。

普通なら気づくはずだが、気づかないのがわが息子。そういった特性をA先生はとてもよく理解してくださった。息子を叱りもせず、私の携帯に「普段なら忘れものを届けてもらったりはしないのですが、今日は特別ってことで持て来てもらえますか?」と連絡をくれた。

小学校は、こちらは運良くわが家から徒歩3分。すぐに持って行った。登山靴を学校に持って行った私は平謝りだったが、A先生は「まだ子どもですから」と笑っていた。

小学校を卒業するとき、この先生から大きな言葉をもらった。
おかあさん、〇〇君は大丈夫です。中学に行って伸びる力をここ(小学校)で蓄えましたから

彼の通知表はCが少し、Aはほとんどなかった。すでに中学に兄のいる同級生のママ友から「中学に行くと勉強ができないと話にならないよ。サッカーだけうまくてもダメだからね」と釘を刺されたくらいだ。それなのに、A先生は大丈夫だという。信頼する先生の言葉を信じてみようと思えた。

いろんな姿を先生がきちんと見ていてくれる。そ信じられる環境が子どもたちにもたらすものはとても大きい Photo by iStock
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通知表は、ABCよりも、担任が忙しいなか綴ってくれた短文のほうが十数年経っても胸に残る。
「体育の時、支度が遅いお友達を笑顔で待っていました」
自分も待たせるからだろうねと夫と笑った。通知表は親子の思い出になればいいと思う。

島沢優子さん連載「子育てアップデート~子どもを伸ばす親の条件~」今までの連載はこちら