2022.01.06
# ドイツ

ドイツは3度目の「敗戦」? メルケル16年の莫大な負の遺産

エネルギー危機、中国依存、ドイツ銀行

メルケルとは何者だったのか?

2005年11月から16年の長きにわたってドイツの「独裁的指導者」の地位にあった、アンゲラ・メルケル氏が12月8日に退任した。

2021年12月8日、政権交代式のメルケル前首相(左)とショルツ新首相  by Gettyimages

退任式では「メルケル首相、退任式でパンクロック選曲 軍音楽隊が演奏」でも述べられているように、3曲目の曲目として旧東ドイツ出身のパンク歌手ニナ・ハーゲンによる70年代のヒット曲「カラーフィルムを忘れたのね」が奏でられた。

メルケル氏自身が曲を選んだのだが、旧東ドイツへの深い思い入れが感じられる。

実際、メルケル氏が生まれたのはハンブルクであるが、牧師であった父親が東ドイツへ赴任したため1954年に生後数週間で東ドイツの住人となった。

我々の感覚では、自由主義圏から共産主義圏への移住は「決死の覚悟」と思いがちであるが、父親および父親の所属する会派は東ドイツ政府に極めて親和的であり、望んで移住したのではないかと思われる。また、自由に西側諸国へ旅行する権利も与えられていた。メルケル氏の東ドイツでの生活も比較的恵まれていたもの(要するに共産主義国の特権階級)と考えられる。

一方、同時期の政治家となるロシアのウラジーミル・プーチン氏は、レニングラード大学法学部卒業業後、ソビエト連邦国家保安委員会に勤務。KGBレニングラード局第1課(人事課)に配属されたものの高い評価は与えられなかった。1985年に東ドイツに派遣されたが、ここでも大した仕事はしていなかった。優秀な人材は欧米に派遣されるというのがKGB・OBのコメントである。

そして、東ドイツで1989年のベルリンの壁崩壊の際の混乱を経験した後、母国に戻るが、「プーチン氏、生活苦からタクシー運転手のアルバイト 1990年代の経験明かす」という苦難を経験している。

メルケル氏の場合、ベルリンの壁崩壊をどのように受け取ったのか定かではないが、(特権階級としての)「恵まれた生活が奪われる」ことへの恐怖や焦りが少なからずあったのではないだろうか?

メルケル氏は東ドイツで教育を受けたので、第1外国語がロシア語であり、かなり堪能だ。また、逆にプーチン氏は東ドイツに赴任していたのでドイツ語が話せる。国際会議の映像を見ると、両者が並んで立っているのをよく見かけるが、2人はロシア語とドイツ語のどちらを使っているのかがしばしば話題になる。

かつては共産主義圏の雄として君臨したソ連の系譜を引き継ぎ、再び強大な力を持とうとしている国(ロシア)の「独裁者」と、EUを事実上代表し西側自由主義圏の雄の一つであるドイツの首相には政治的な対立関係があるはずだ。しかしながら両者は、「思想的な共通項」が極めて多く親しいともいわれる。

一部の欧州の関係者は、声を潜めて「メルケルは東側が送り込んだ工作員ですよ……」などと耳打ちする。

 

もちろん、事の真偽は定かではない。しかし、2020年9月21日公開「メルケル独裁16年間のつけ、中国がこけたらドイツもこけるのか?」で述べた共産主義中国が、11月6日公開「食糧危機は中国から始まる――14億人の民を誰が養えるのか」、11月30日公開「習近平ですら吹っ飛ぶインフレの脅威…2022年、世界『大乱』に立ち向かう7つのポイント」のような状況の中で、ドイツも一緒にこける可能性が高まっている。

まさに、2020年5月25日公開「人類の敵・中国を大躍進させたメルケル首相『16年間の独裁』」の直撃を受けているのだ。

作為であろうと、不作為であろうと、仇敵西側諸国の盟主であるドイツがボロボロになっていることに対して、プーチン氏は腹の中で高笑いをしているであろう。

関連記事