生命誕生の秘密を物理学者が解き明かす──カオスからの秩序

『時間の終わりまで』読みどころ【6】

世界的ベストセラー『エレガントな宇宙』著者ブライアン・グリーンによる新作『時間の終わりまで』から本文の一部を紹介するシリーズ第6回。

なぜ物質が生まれ、生命が誕生し、私たちが存在するのか。膨張を続ける「進化する宇宙」は、私たちをどこへ連れてゆくのか。時間の始まりであるビッグバンから、時間の終わりである宇宙の終焉までを壮大なスケールで描き出し、このもっとも根源的な問いに答えていく本書から、今回は、生命誕生の謎に挑んだ物理学者たちがたどり着いた答えに迫ります。

生命誕生に普遍性はあるのか?

シュレーディンガーは1943年の連続講演で、科学が怒濤のごとく進展した結果として、「ひとりの科学者の頭脳が、専門化された小さな一領域を超えた広い分野に通じるのはほとんど不可能になった」と力説した。そのことを踏まえて、彼は、伝統的な専門領域を広げ、その領域を拡大するようにと研究者たちを励ました。そしてシュレーディンガーは、『生命とは何か』を本として公刊するとともに、物理学者として受けてきた訓練や、直観や感性を総動員して、生物学のいくつもの謎に取り組んだのだった。

【写真】エルヴィン・シュレーディンガーエルヴィン・シュレーディンガー photo by gettyimages

それからの数十年間に知識がさらに専門化し、彼と思いを同じくする研究者はますます増えて、学際研究に向かえというシュレーディンガーの叱咤激励の声を鳴り響かせてきた。そして実際、多くの人たちがその声に応えた。

高エネルギー物理学、統計力学、コンピュータ・サイエンス、情報理論、量子化学、分子生物学、宇宙生物学、その他にも多くの分野で訓練を受けた研究者たちが、生命の本性を探ろうと、新しくて洞察に満ちた方法を開発してきた。

そうした発展のなかでも、熱力学に焦点を合わせて見ていこう。もしもそれが成功すれば、いつの日か、科学のもっとも深遠な問いのいくつかに答える一助となるかもしれない。

生命は、恒星──その多くは惑星を従えている──が10億の数百倍も集合した銀河を10億の何百倍も含む宇宙の中で、たった一度だけ生じるような、途方もなく確率の低い現象だなどということがありうるだろうか? もしかすると生命は、基本的で比較的ありふれた環境条件が整いさえすれば、自然に生じる、あるいはむしろ不可避的に生じるのではないだろうか? もしそうなら、宇宙には生命が満ち溢れているのだろうか?

幅広い分野にとって重要性を持つ、この問題にアプローチするためには、それと同じぐらい幅広い分野に通用する原理が必要だ。これまで見てきたように、熱力学が幅広い分野に通用することを示す証拠はたくさんある。なにしろ熱力学は、アインシュタインをして、「『これが打倒されることはけっしてないだろう』と自信を持って宣言できる唯一の理論」と言わしめた物理理論なのだ。もしかすると、生命の本性──生命の起源と進化──を分析すれば、熱力学の観点からの眺望をさらに拡大できるかもしれない。

過去数十年間に、科学者たちはまさにその課題に取り組んできた。そうして出現した研究分野では(《非平衡熱力学》と呼ばれている)、われわれがこれまで繰り返し見てきたような状況が系統的に分析されている。

その状況とは、高品質のエネルギーが系を通過してエントロピック・ツーステップに動力を与え、さもなければ断固として譲らなかったであろう無秩序へと向かう力に抵抗させるようなものだ。

(編集部注:エントロピック・ツーステップ エントロピーは増大するという普遍的なプロセスの中で、ある領域(系)ではエントロピーが減少し、別の領域(系)ではエントロピーが増大する現象。それによって宇宙に秩序が生まれるが、足し合わせると全体としてはエントロピーは増大し、普遍的法則を破らない)

ベルギーの物理化学者イリヤ・プリゴジンは、この分野での先駆的な仕事により、1977年のノーベル賞を受賞した。プリゴジンの仕事は、たえずエネルギーが供給されると自発的に秩序を持つような物質配置を分析するための数学を開発することだった。プリゴジンはそんな秩序形成を、「カオスからの秩序」と呼んだ。

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