1%の富裕層が支配する“アメリカン・ドリーム”移民たちの「格差と貧困」の実態

『わたしのアメリカンドリーム』
佐藤 大介 プロフィール

住み込みで働けるモーテル管理人の仕事を見つけたが、売り上げの大半はオーナーの儲けとなる仕組みで、手元に入る収入はわずかだ。オーナーはカネのことに関心はあるが、ミアの一家やモーテルに逗留する人たちの暮らしには、まったくと言っていいほど興味がなかった。

ミアの両親がオーナーから言いがかりのような要求されても、拒否することはできない。移民は仕事を得るのが難しく、オーナーが圧倒的に優位な立場にあるからだ。

「不公平だ」と憤るミアに、母親はこう語りかける。

「わたしたちは移民でしょう。移民の命なんて軽く思われているの」

こうした境遇の中で、ミアは「アメリカン・ドリーム」と現実の矛盾に気付かされる。

 

「アメリカン・ドリーム」とは、誰にも平等にチャンスが与えられ、努力をすれば報われることだと思っていた。それは移民であろうとも。

でも、実際は違っていた。移民にはチャンスをつかむ機会が十分に与えられず、カネや地位のある白人たちとはスタート地点から同じではなかったのだ。

「米国には2種類のジェットコースターがある」

「移民」という言葉は「黒人」や「貧しい人たち」と置き換えることもできた。

ミアの友人ルーペは、父親から「米国には2種類のジェットコースターがある」との話を聞いた。ルーペはメキシコ系の移民の娘である。

一つは金持ち用、もう一つは貧乏人用で、金持ち用のジェットコースターに乗れば子供はいい学校に行けて、将来はたくさん稼ぐことができ、その子供もいい学校へ行けるという仕組みになっていると。

富裕層と貧困層の道は交わることなく分かれている(イラストはイメージです) Photo by iStock富裕層と貧困層の道は交わることなく分かれている(イラストはイメージです) Photo by iStock

貧乏人用の方に乗れば、貧しさのコースをずっと進み続ける。裕福と貧困の道はそれぞれ交わることなく、ループを描き続けることになる。

これが「自由と民主主義」の米国なのだろうか。

「アメリカン・ドリーム」の理想はどこにいったのか。ミアはそう思ったに違いない。だが、実は「アメリカン・ドリーム」という考え方そのものに、不平等のタネは含まれている。

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