2022.01.06
# 消費社会 # 経済 # エンタメ

秋葉原の衰退から見えた、「オタクが経済を回している」論の実際

コロナ禍を経て、元に戻りつつある?
貞包 英之 プロフィール

筆者は以前、東京の街が、少子高齢化によって避けがたい坂道を降っていることを確認した(「コロナ危機後、日本の都市は「保守化」していく:渋谷から見えてくること」)。渋谷がその典型で、2019年の東急プラザ渋谷のオープンや渋谷パルコの改装がよく示していたように、かつての若者の街は力を失い、より集団的な購買力をもつ年齢層へターゲットを切り上げ、なんとか生き残りを図っているのである。

2019年にオープンした東急プラザ渋谷[Photo by gettyimages]

たしかにかつての秋葉原はこうした衰退の例外だった。20代から40代の比較的人口の多い中年層の男性客を主な購買層としたおかげで、秋葉原は少子化の影響を免れ成長したのである。しかしそれにも限界がある。かつての客たちが緩やかにファミリーを形成し、個人的な趣味のために消費する余裕をなくしていくなかで、少子高齢化の波に、他の街と同様、秋葉原もついに襲われ始めたようにみえるのである。

 

ユーフォリア(多幸感)の終わり

もちろん秋葉原の衰退を、強調しすぎてはならない。秋葉原にはなお世界的にみて比類のないオタク文化の集積がみられ、それは今後も一定の規模で残り続けると考えられる。とはいえ他方で、秋葉原やそこに集まるオタク的商品から特別の意味が失われているという別の問題も重ねて発生している。

先に本論は「消費社会」の衰退を補う代償として、秋葉原が2000年代以降もてはやされてきたと論じた。マンガやアニメを好むにしろ、そうでないにしろ、秋葉原におけるサブカルチャー的オタク文化の展開は、東京の失われた繁栄を償う現象として評価されてきたのである。

こうして社会的な追認を受けることで、秋葉原的サブカルチャーは大きなユーフォリア(多幸感)を伴い、消費されてきた。しかしそれも、(1)秋葉原におけるオタク的文化の停滞に加え、皮肉にも、(2)コロナ禍での格差を伴う経済の繁栄のなかで、終焉に向かいつつあるようにみえる。

SPONSORED