2022.01.06
# 経済 # 消費社会 # エンタメ

秋葉原の衰退から見えた、「オタクが経済を回している」論の実際

コロナ禍を経て、元に戻りつつある?
貞包 英之 プロフィール

森川嘉一郎は、秋葉原では、「個室空間の都市への延長」(『趣都の誕生:萌える都市アキハバラ 増補版』幻冬舎、2008年、59頁)が実現され、私的な欲望が無造作に街路に投げだされているとみなしていた。

女性や年少者を排除する社会的な「ゾーニング」を前提として、たしかに秋葉原では、私的な趣味を満たす商品がさかんに消費されている。ただしそれだけではなく、より単純には、「モード」に従う安価な商品がそこに集まり、「消費社会」的幻想を誘惑していたことが重要になる。

1990年代後半以降、日本経済がデフレに沈んでいくなかでも、秋葉原は流行の商品を次々と、また安価に送りだすことに成功した。テレビのクールや週刊マンガ誌のペースに合わせ、あらたな商品が目まぐるしく消費される。限定品のDVDやゲームなどたしかに高価な商品もあったが、他の街で売られるファッションやグルメ、自動車などと較べれば、それらの価格は高が知れていた。

だからこそ秋葉原は、デフレのなかで力を弱めた「消費社会」の希望の星になった。サブカルチャー的商品は、年少者向けという起源を持つために安価にとどまり、だからこそデフレのなかでも「大人買い」的に買われていく。他の街ではむずかしくなった、流行商品を好みにまかせ次々と買う楽しみを安価に経験させることで、秋葉原は「消費社会」を延命させる役割をはたしたのである。

コロナ前、2013年の秋葉原[Photo by gettyimages]
 

結果として秋葉原は政治的にも活用された。衰退に向かう日本社会がまだ魅力的で、なお発展の余力を残していることを照らしだす「聖地」として、秋葉原は海外にもさかんに喧伝され、観光客を呼び入れた。2000年代以降、東京でそれ以上にあらたな発展を遂げた場はみつからず、だからこそ秋葉原は政策の成功を証明する「証拠」として活用されたのである。

少しずつ退潮していく秋葉原の街

そうして2000年代より秋葉原はいわば記号的に消費されていくことになったが、しかし近年にはそれにかげりもみられる。実際、秋葉原を歩けば、空きテナントが目立つ。老舗の同人誌店「とらのあな」の秋葉原での店舗の縮小(現在は秋葉原店Aのみ営業)や、駅前の「ツクモ秋葉原駅前店」のわずか8ヶ月での閉店、カラオケ店「アドアーズ秋葉原店」の撤退など、なかにはビルそのものが空き店舗化している状況さえみられるのである。

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