わたしの調査では、秋葉原はまさにそうした20代以上の男性が多く集まる街だった(拙著『サブカルチャーを消費する:20世紀におけるマンガ・アニメの歴史社会学』)。渋谷や池袋などと較べて秋葉原には、自民党の支持層とみられる人びとが相対的に多く集まり、だからこそ自民党の最終演説地として選ばれてきたと考えられるのである。
ただしそうした政情判断的な理由だけではなく、秋葉原が90年代なかば以降、東京、ひいては日本社会のなかで担ってきた象徴的価値についても考慮に入れる必要がある。秋葉原は90年代以降、アニメやマンガにかかわる本やCD・DVD、グッズなどを集める、いわゆる「オタク」の唯一無二の聖地として栄えてきた。

こうした繁栄の発端になったのは、1980年代末から巻き起こった「有害コミック」の排除である。少年漫画に浸透しつつあったセクシャルな表現が排撃され、その余波を受け、都内各地の本屋・コミック専門店等でエロ表現を含む恐れのある同人誌を売ることがむずかしくなった。
それを奇貨として、94年に開店した「とらのあな」を代表に、同人誌店が秋葉原に集積し始め、さらにそこに集まる人びとを対象として、多くのキャラクタービジネス、さらにはメイド喫茶やアイドル文化が栄えていくのである。
秋葉原で性的に危うい表現が黙認されたのは、ひとつにはそこがラジオパーツやPCショップの集まるマニアの街として、いわば天然の「ゾーニング」を形成していたためである。その傾向は、オタクグッズが集まり、それを求める20歳以上の男性が押し寄せてくるなかでますます強化されていった。
そうした層の支持を期待して、秋葉原は自民党の最終演説地として選ばれた。だがそれだけではなく、より注目されるのは、男性の購買力に支えられ、秋葉原がバブル以後の日本社会の沈滞のなかで、稀有な成長を遂げたことである。