気鋭の批評家・伏見瞬がスピッツの魅力を「分裂」というキーワードから解き明かす話題書『スピッツ論 「分裂」するポップ・ミュージック』(イースト・プレス)。
ファンの多くが語る、スピッツの「エロス」。それはいったいどこから来るのか? 同書第7章から一部抜粋・再構成してお届けする。
不定形の“エロス”
1994年のインタビューで、草野マサムネは「俺が歌を作る時のテーマって“セックスと死”なんだと思うんですよ」と語っている〈※1〉。
上記の言葉は、スピッツに親しんだ聴き手の間であれば、ある程度広く知れ渡っているだろう。「性と死を歌うスピッツ」というのも、一つの紋切り型のイメージとして成立している。紋切り型といっても、それが彼らの表現そのものから乖離しているわけではない。
ただ、「スピッツ=セックスと死」という等式の内実については、もっと検討されるべきだろう。音響作品に肝要なのはいつでも、音から知らされる感触である。セックス、あるいは“エロス”の主題についても、それがスピッツの音楽からどのように響くかを確かめなくてはいけない。そして性の主題は、彼らにつきまとう別のイメージ、すなわち「なつかしい」というイメージと、密接に関わっている。
スピッツの音楽はノスタルジックだ。そして、スピッツの音楽はエロティックだ。この二つの断言に、矛盾を覚える人がいるかもしれない。ギリシア神話の中でもっとも若い神の名である「エロス」は、一般的にも若々しさによって支えられる欲望と認知されているだろう。
一方でギリシャ語の「nostos(帰還)」と「algos(苦痛)」の合成語である「ノスタルジア」は、故郷や過去を懐かしく思うときの苦味であり、若さとは対極の、老いに結びつけて考えられるだろう。しかし、私がスピッツの音楽を聴いていて不意に感じるのは、“エロス”と“ノスタルジア”は、実際のところ混ざり合って現れるのではないかということだ。