夕張の苦境に想う…都会人が言う「もう経済成長はいらない」は正しいか

無自覚に行われる「地方搾取」について
御田寺 圭 プロフィール

大都市が手を染める「搾取」

夕張市の《いま》を歩く動画を見た後、私は画面にサジェストされた「地方の小さい町のいま」を散策する沢山のYouTube動画を続けざまに見た。探せばたくさんあるものだ。

多かれ少なかれ、夕張と相似形の光景であった。内容的には一部かなりショッキングだったが、それでも見てよかったと思っている。いや、よかったどころか、いまの自分にはきっと見るべきものだったと考えている。

私は東京に暮らすようになって長い。東京に暮らす前も、やはり都会で暮らしていた。私は生まれ育ちもいわゆる「都会っ子」だ。ゆえに私は都会で顕著に起こっている疎外や貧困、そしてアウトサイダーの問題はそれなりのリアリティをもって語ることができるが、しかし衰退していく地方と都会の景色の違いについてはそうではない。

 

東京も近畿圏も、他の地区から「人的搾取」を行うことによって、その繁栄をどうにか保っている。

私自身は、幸いにもいま物質的には不自由のない暮らしができている。もともと物欲が乏しいというのもあるが、ともすれば「これ以上の豊かさはいらない」と考えてしまってもおかしくないほどには十分に満たされている。だが、そう言っていられるのは、自分の想像力の外側で、この「東京」という街が地方から若者を安い労働力として呼び集めているからこそだ。自分の主観的な生活に安楽しているばかりでは、東京の持つもうひとつの冷酷な表情をつい忘れてしまいそうになる。

地方から若者を集める「東京」という巨大都市は、呼び寄せてきた若者を安い賃金でこき使って莫大な富を生み出す。東京で働く若者の給与は額面で20万前後、多くても30万円がよいところだが、そこから社会保障費や家賃や食費や通信費などを引いてしまえば、手元にはほぼなにも残らない。故郷には仕事がないからこそ仕方なく上京してきたが、家賃の支払いをしてしまえばろくに貯金もできないような「自転車操業」のまま給料も上がらず、かといって昇進や転職の見込みもない若者が東京にはゴマンといる。

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