Discordを運営して感じたこと

せっかくですので、運営していたDiscordコミュニティでの交流について話しましょうか。自分が管理してきた場の出来事を語れるのは、実際に管理してきた人間だけですからね。

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自分がDiscord内でのサーバーを開設した際、前述の通りTwitterでは積極的に発言をしない若者が多く集まりました。共通点としては、アニメやインターネットが好きな若者たちで、カテゴリ分けされた各チャンネルごとに好きなコンテンツについて話したり、会話が主であるチャンネルで話したり、独り言用のチャンネルで誰に向けるわけでもない発言をしたり、そのような空気感でゆったりと日常が過ぎていきました。

Discordの便利な点は、他のSNSのようにフォロワー数などの目立つ数字がないため、上下関係が生まれにくいところでしょうか。「いいね」や「RT」などを気にする必要もなく、気軽に発言できる場所という感じがします。

そこで気の合う仲間を見つけると、Discordの特徴である通話機能を使い、個別で話すようになる。または、さらに狭い数人のグループが形成され、そこで集まるようになる。気兼ねなく話せる友達たちとの会話に、他者はもう必要ないのです。

それで良いとも思います。なにが急に燃やされてしまうかわからない昨今、閉じた場所で「交流」し、TwitterやYouTubeなど開けた場所で「活動」する。これが最も賢い使い分けだと自分も感じます。開けた場での罵詈雑言や批判と戦い、いずれは大人になっていく。

ただ、こうなるとやはり若者の文化がどんどん雲隠れしていくため、次第に大人との距離が開いていき、互いの理解が遠のいていく気がしています。見えない若者たちの文化に怒り、水を差してしまう大人にはなりたくない。下の世代への文化にきちんとした理解を示すか、わりきってアダルトな世界に生きるのを選択するか。今回のような事件にならないように、一度考えてみると良いかもしれないと感じました。何をもって「大人」とするかの定義は非常に難しいですが、SNSを通じて若者世代とと大人世代の両者ともに関わってきた自分としては、そんな風に考えるのでした。

photo/iStock